開戦
『違和感』とは、それに気がついた時に段々と、現実になっていく。
例えば気にしたことが無かった自分の体。
例えば気にしたことが無かったいつもの街。
街というのは、実に入れ替わりが激しい。それも、新宿から一駅の笹塚という場所なら尚更の事で、
なかなか違和感に気がつくということは難しい。
気がついた時には、大体が取り返しのつかないことになっている事が多いい……。
結局この日は、半分の数量で店を出すことにした角屋。
例えラーメンがなかったとしても、仕事を休むわけにはいかなかった。
『本職に触る』からである。
莉春が、茜すぎる夕焼けにそわそわしていた。
「なーんだかー、空気が重いねえ」
「…… ……」
出汁郎と轍も、いつもと明らかに景色が違う空気に違和感を覚えていた。
……時刻はまさに帰宅ラッシュだ。
轍は、ラーメンの湯気越しに、その違和感を探していた。
それは『通行人』にある気がした。
いくら都心とはいえ、笹塚はベッドタウンだ。この辺りを歩いている人間は、一ヶ月も居れば大体わかる。
しかし、『いつもいる人間』がおらず、『顔も知らない人達』がいる。
「まあ、お店の入れ替わりもあったみたいですしーー」
まじまじと通行人を『監視』する轍の視線に気がついたのか、出汁郎はそんなことを言った。
轍はふと、新しくできた中華料理屋に視線をうつすと、店の外にいた店員と目があった気がした。
店員は無愛想にそっぽを向いて、店に帰っていく。
「まるでーー知らない街ですねーー」
すると、段ボールを抱えた男が走ってきた。運送屋の格好だ。
「ゴメンナサイ!! 配達遅れました! 」
男は、いつもの運送屋の格好だが、言葉がおかしかった。
何というか……喋り慣れていない。 どちらにしても、いつもくる人間じゃない。
「……朝の便の再配達ですーーー?」
「System error あたミタイデス」
「……ところでー……あなたは誰ですかーー?」
「エ、ワタシ……」
「変ですねー、私たちはー、運送会社の方でも『初めて会う人』とは絶対一緒に仕事しないことにしてるんですがーー」
出汁郎がそういうと、男の顔色は明らかに悪くなった。そして、六十センチ四方の段ボールを雑にその場に置いて、走って立ち去っていった。
さすがに違和感を覚えた轍、そして……
「莉春!!! 箱から離れろ!!!」
轍は咄嗟に男が置いた段ボールを持ち上げ、人のいない方向めがけて投げつけた。
ややあって、ダンボールからは白い煙が上がった……
「て、敵襲アルか!?」
「口を何かで塞げ……!! 屋台に避難しろ!! …… ……くるぞ!!」
轍が大声を発した瞬間である、煙の向こうから、ガスマスクを被った何者かが発砲してきたのである。
「!!……あぶねーーアルな!!」
「出汁郎! 銃座についてくれ! 」
「はいーー!! 莉春!! 武装解除ーー!!」
「ちょと待ってーー!!!!」
その瞬間、笹塚駅は銃声の響く戦場になった。
轍は屋台を引いて、甲州街道に出た。
「どっちいくアルか!?」
「とりあえず、調布方面に走る!!」
「了解アル! 『角屋』自走モード起動!」
角屋からウゥゥゥンン! というエンジン音が響き、屋台の四輪が自動的に回転する。
これで撒いたかと思われたが、次々と新しい銃声が響いてくる。
追跡してくる数台の車から、男が身を窓から乗り出して銃器を発砲しているのだ。
「莉春ーー! 新しい装備を試そうーー!!」
「新しい装備!? ……ああはい!!」
「『テイクアウト・デリバリ』マルヒトからマルヨン用意ーー」
「……配置ついたアル!!」
「発射!!」
出汁郎の掛け声で、屋台からは黒いドローンが四機飛び出した。
莉春が屋台の内部で四機のうち一機のマザードローンを遠隔操作し、残り三機がマザーに追従する。
一機は撃ち落とされたが、残りの三機から黒い煙幕が吐き出された。
屋台の後方では、車が玉突き事故を起こしている。
「やったあアル!?」
「……まだだ!」
屋台から、ヘッドギアをつけた轍が前方を睨んで言った。
「奴らこの先で道を塞いでいる!」
「しつこい……どう考えても素人じゃないアルな……」
「じゃあ吹っ飛ばしますーー 莉春ーー 主砲用意ーー!」
「主砲!? ダメある!! 」
「……えー?」
「備品が届いてないあるから! 主砲撃てないアルよ!!」
「そうかーー しまったー……」
「莉春! ここで止めろ!! 俺がいく……!」
「轍さん!?」
屋台がキキィィと音を立てて、止まる。
そこから轍が飛び出す。
「道を切り開いてくるッ!」
轍が、屋台の前方に向けて走り出していく……