ラーメン『角屋』
その日は、一睡もできなかった。
怖くって、悔しくて。横になって目を閉じても、瞼が勝手に開いてしまった。
どうしたらいいのかわからないけれど、とにかく、あのラーメン屋さんにお礼を言うべきだと思った。
* * * * *
翌日の夕方である。リサはもう一度新宿に来ていた。
……地下鉄から、自分を救出してくれたラーメン屋に、ちゃんとお礼をしたかった。
流石に夜は危ないと言うことが身に染みてわかった。最も、あんなことがおきた後では、夕方だろうが怖いものは怖かったのだが。
夕方にして、人の気配の少ない中野坂上。昨日と同じ場所に彼らはいた。
もう開店しているのか、屋台からは湯気が上がっている。
リサが恐る恐る屋台に近づくと、昨日と同じ面々が仕込み作業をしていた。
……外でやるんだ? 屋台ラーメンの仕込みって……?
黙々と作業している男二人に、リサは挨拶すると、
童顔の方の男性が、尖った八重歯を見せて口だけ「にかっ」……と笑っている。
「あれ……昨日の?」
「あ……はい。ちゃんとお礼を言いたくて……」
「ええ……いいのに別に……危ないですよー」
「はい……でも、こう言うことはちゃんとしたくて」
リサが言うと、後ろから頭を叩かれた。
びっくりして振り向くと、小さくてまん丸い女の子が立っていた。
「オマエ、何してるアルか!?」
と、何やら昔の映画の吹き替えみたいな喋り方をする。
そして、怒っている。
「昨日、怖い目あったアルな!? なのになんで来るアルか! 心死んでるアルか!?」
「あー……莉春。一応お客さまだからー……」
すごい剣幕で詰め寄ってくる、アジア系の女の子を、
店主っぽい童顔の男性が諌めてくれた。
昨日、リサの危機を救った丸眼鏡の男性は、手を止めずに野菜を切っている。
「もう知らんアル!!!」
そう言って、女の子は行ってしまった。
「あのーー」
八重歯の男性が能面みたいに張り付いた笑顔のまま、話しかけてきた。
「昨日のーことならーー、お気になさらずにーー」
「は、はい。……あの!」
リサは、勇気を出して丸眼鏡の男性に声をかけると、
男性はビク!! っと一瞬反応した。
いかつい外見だが、悪い人にはとても見えなかった。
「……ありがとうございます」
リサは深くお辞儀した。
丸眼鏡さんは、あたりをキョロキョロと挙動不審に見渡して、
やがてリサにお辞儀を返した。
「…… ……お強いんですね」
リサは丸眼鏡に言うと、彼はどうしたらいいのかわからなさそうに八重歯の方を見た。
「えー…… ……帰らないんですねー。もうすぐ夜ですよーー」
「あ、はい……」
すると、リサは屋台の脇に置いてある、木の箱に目がいった。
「……え?」
それは、銃弾と呼ぶにはあまりにもサイズが大きく、いかつかった。
これはまるで……
「これって……」
「あー…… しまっ……たなーーー。
見ちゃいましたかーー」
八重歯さんは相変わらず、独特な笑顔を崩さなかったが、
それでもこれは、リサが見つけてはいけないものだったと言うのもがわかった。
一つ、おかしなところが見つかると、だんだんこの屋台自体がおかしいことに勘づき始めた。
まず、屋台ということは、人間が引くものだと思うので、できるだけ軽く作るはずだが、
この屋台は素人目に見ても、とても人間が引くような重量の代物ではないように見える。まるで……まるでなんだろう?
戦車……?
屋台の内部も、ところどころ金属の『切れ目』が見える。この下に何か隠しているのだろうか?
「何か勘づいちゃいましたーー?」
ニコニコしていていい人そうな八重歯さんだったけれど、今は笑顔の下にある感情が何やら違うもののように感じる。
怖い。
考えてみれば丸眼鏡さんだって、銃を持った男五人に素手で戦ってた。普通に考えればおかしな強さだ。
この人たちは、一体何者なんだろう?
「あのーーーー」
「……すいません!」
「いいえ、いいえーー。私たち、昨日のことはーー。気にしてはいないのでーーはいーー」
「あ、は、はい」
「私たちのことはーー。忘れてください。どうかー、見なかったことにーー」