グータッチ
浅黒い肌の少年に声をかけられても、兎的の手と口は止まらなかった。
ずるる、ずると、ラーメンと呼ぶには麺が太すぎるそれを食堂に運ぶ。淡々と。
兎的の食べ方を見て、少年は微笑んだ。
「『寂しい』のう。お前の食い方は。まるでひとりぼっちじゃ。飯っちゅうんは一族にとって大事なイベントやぞ?」
流暢な日本語であることには間違いないが、どこの訛りともつかない喋り方である。
「どれ。じゃあワシがお前の飯の相手になっちゃるけん」
すると少年は……
その小さい体のどこからそんな声を発しているのか、素っ頓狂な雄叫びをあげた。野鳥のようである。
当然、周りの客たちは少年に注目する。
「早食いは、ワシの一族には食に対する敬意を欠く行為じゃがの、お前のペースに合わせたる」
兎的は、ようやくラーメンを啜る箸を止めて少年の方を見た。
「……その手、どうしたんですか?」
少年の右手の拳には、斑点のような赤い字がある。
あまりにも目立たないので、少年自体も気がついてないようだった。
「これか? これ、生まれつきの痣やんか。 ははは心配してくれとるんか?」
続いて少年は、突然、屋台の近くに立っているリサと目を合わせた。
少年は笑ってリサに指をさす。
「ワシが、この兄ちゃんに早食いで勝ったら、ワシとデートするか?」
「え……」
これはナンパなのだろうか? それにしては独特な気がするが……
リサも、流石に『男の子』からナンパされるのは初めてだった。
「へへ。『常に目立て』『輪の中心であれ』。一族の家訓じゃ」
そして、少年は独特なお箸の持ち方をして、ラーメンに向き合った。
少年の言った通り、誰もが少年に注目してしまっていた。
* * * * *
少年は……あっさり兎的に早食いで負けた。
「あっははは!! 負けじゃ負けじゃー!!」
しかし、最初は誰も見てなかった兎的が最後の一口を啜り切った時である。
会場に拍手が巻き起こったのだ。
『ただの個人が食欲を満たす行為』に、謎の一体感が生まれた瞬間である。
その空気を作り出したのは、この少年だった。
チャレンジ失敗は、一万円のペナルティがある。
しかし少年は出汁郎に対し、
「美味じゃった!! これからも気ばれよう!!」
と、爽やかに大物感を出して、会計を済ませ、リサの前に駆けて行った。
リサよりも、背が低い。
「グータッチ!!」
少年は笑顔でグーにした手をリサの前に出した。
戸惑いながらも少年のペースに乗せられてついついグータッチに応じると……
「ほい! うい! ほい!!」
少年は大学生みたいなノリで、次々とハイタッチをリサに要求する。
その場の空気に流されてその全てにリサは応じると、
なんとハグまでしてきた。
その仕草があまりにも自然で邪気がなく、リサは不快感すら感じることができなかった。
近所の人懐こい幼稚園生が抱きついてきたみたいな感覚だ。
アハハハハ! と大笑いしながら、少年は今度は兎的の方まで行き、リサと全く同じことをして、そして会場から去っていった。
全員が、少年に注目していた。
「嵐みたいだったねーーーー」
「アイツ、ナニ人あるか?」
全員が微笑ましく少年を見送る中、兎的だけ怪訝そうな顔で少年を見ていた……




