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埠頭にて


 品川区、国道480号線。品川南ふ頭公園。


 空色の、『マーマクレープ』のトラックが、道路沿いに停車している。

 公園の、野球場その外縁に建てられた支柱に、露軸が寄りかかっている。

 

 腕を組み寄りかかっているだけで、何かをしているわけではない。

 考え事をしているようにも見えるし、人を待っているようにも見える。

 黒い海のような瞳は、何かを見ていそうで何も見ておらず、同時に全てを捉えているようだった。


「あ、露軸さんーー」


 そこに気の抜けた声が響いたら、露軸の元に『角屋』の3人が集まってきた。

 


 * * * * *

 

 出汁郎が露軸に、昨日の顛末を報告している。『罰天』からの襲撃を受けたこと。

 実行犯はおそらく、『兎的に似た誰か』であること。

 屋台が半壊したこと、兎的の帰宅が確認できないことである。


 露軸は黙って頷くだけだった。


「標的がリサから、こっちに移ったって考えていいんだね」


「はいーもういっそ、リサさんに頼んでー、ご家族ごと引っ越して頂くことも視野に入れないとー……」


「(ため息)うん。いいけど、もうあまりお金ないよ? 『本店』は今日も営業できないし」


「それはー、すいませんーー。私たちの売上が芳しくなくーー」


「そうじゃなくて、私たちまだ実績を残せてないから、スポンサーの顔に泥がつくよ」


「ところでーー兎的くんはーーー」


「帰ってきてるよ。何があっても帰ってはくるんだよ兎的は。『今日も働きます』って言ってたけど、

 今車で反省させてる」


「ああ……」


 * * * * *


 野球グランドのフェンスの前では、露軸と出汁郎が難しい話をしている。

 

 莉春は、『マーマクレープ』屋台の近くのガードレールに腰掛け、タブレットを操作して、

 『2025年、最も売れているソファクッション!』というタイトルの記事を読んでいた。

 轍は隣に座り、対して興味もなさそうにタブレットの記事を盗み見ている。

 

「あ、こんにちは」


 声をかけられて莉春と轍は一斉に振り向くと、そこには兎的が立っていた。

 顔つきが多少、疲れているが昨日の今日で大事件を起こした人間の顔では、少なからずなかった。

 第一、怪我が完全に治っており、『昨日罰天に連れ去られた兎的とは別人である』と言われても違和感が無かった。

 

 莉春が慌ててタブレットをしまう。

 轍が、無言で会釈を返す。


「兎的サン……大丈夫アルか?」


「え? ああ! そうだったごめんね勝手に帰っちゃって……。露軸さんに報告しないとと思って」


「怪我は?」


「えっと……『大したこと無かった』」


 兎的は心配そうな莉春の前で、大袈裟に笑顔を作ってみせた。 

 莉春は、露軸たちと、マーマクレープの車内を交互に見、


「今日、私のキライなアレ……『居るアル』か?」


「『居る』の『アル』の?」


「…… ざっけんな」


「ははは。ごめん。

 『姫』のことだよね? 今日はここにはいない。まあ、彼の場合は店にいることの方が珍しいから」


 莉春は安心したように頷いた。

 『姫』と呼ばれたそれは、実際のところは髭面でズングリムックリとした不衛生そうな男性で、

なぜ『姫』と呼ばれているかというと彼の本名である『姫川』が由来している。

 おおよそ『姫』とは似つかわしくない見た目だが、本人は自身の苗字を気に入っており、従業員には『姫』と呼ばせている。


 合理主義と憂国思想の塊のような男で、日本のような資源のない国は、将来的に中国のノミになるしかないんだという理念を持っている。

 日本が晴れて銃社会に通ずる扉のノブに、不器用に手をひっかけていることを誰よりも喜んでいる男だ。

 莉春とは、話が合わない。


 ここにはいないらしいが『姫』は、『本店』や『角屋』のマネージャーを務めており、

 資金繰り『等』の広報勤務を担当している。



 ……マーマクレープの扉が突然開き、莉春と轍は思わず背筋が伸びてしまった。

 車内から出てきたのは、

 非常に背の高い女性だ。細い肩幅こそ女性的だが、身長だけでいうと轍とあまり変わらない。

 ピアニストのように大きく、モデルのように細い手には、兎的と同じ指輪が嵌められている。

 

 女性は、まるで庭先の雑草でも見ているかのように無言で莉春と轍を見た。


「こ、コニチワ」


 珍しく緊張している莉春が、女性に挨拶をするが、女性は無言で何も返さず、数秒間莉春を感情のない目で見た後、そのまま、

 鷺みたいに細長い足と、黒いクリスチャンルブタンを操ってどこかに歩いて行ってしまった。

 本来なら非常に感じの悪い行為だが、それすらもなぜか『神聖』な感じに成立させてしまうようなオーラがあった。

 

 彼女が去った後も、莉春はそのままの姿勢で動けなかった。


「今日も綺麗だったアルーーー!!」


 莉春が会釈したままの姿勢で、女性の後ろ姿に向けて手を合わせた。


「ナムナムナムナム……尊いーーご尊顔ーーーありがとアルーー 神様ーー!」


「あ……なんかごめんね……あの人、ああ見えて人見知りみたいで……莉春ちゃんが嫌いとか、

そんなことは絶対にないんだけど」


「許すアル!! むしろ許すアル!! 女神様がワタシみたいな下々のモンに! 声をかけるなんてことがあっちゃならねえアルよ!

 姿を見せてくれただけでもありがたやーありがたやーーナムナムナム……」


「あまり自分を卑下するのもよくないと思うけどな……」


 * * * * *


「兎的くんーー、元気そうでよかったですーー」


 少し離れたところで、楽しそうに談笑している兎的と莉春が見えている。


「……気味が悪いでしょ」


「いえそんなことはーーー」


「それは、帰ってきた姿を見てないからそんなことが言えるんだよ?」


「……『今回は』どんな姿で戻ってきたんですかーー?」


「…… ……聞きたい?」


「あ、やっぱり今日はいいですーーー」



 * * * * *



 南ふ頭公園は、東京湾の近くにあり、運送トラック以外が通ることがあまりない。

 かといって、露骨に『隠れ屋然』としているわけでもないので、

仲間と集まるには都合が良いのだ。


 ……が、彼らの様子を、数十メートル離れた場所から写真に収める人間がいた。

 露軸や、出汁郎、轍、兎的の顔を一枚、一枚、縁に『記録』していく。


 一枚。また一枚。シャッターは切られていく。


 フフン。と鼻で笑う声が響いた。


「なっちゃないな。ワシがスナイパーなら、お前ら今頃『わや』やぞ……」


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