何もできなかった
その後すぐに、角屋の屋台に暴漢達が押し寄せてきた。
あのオールバックも来ている。
リサは思わず顔を伏せた。
オールバックは、後の、鼻に大きな絆創膏を貼っている取り巻きに声をかける。
すでに若干、苛ついているようにもとれる。
「オイ……この屋台で間違いねえのか?」
「…… はい」
「お前の鼻折ったのは、この兄ちゃん?」
「……違いますね」
暴漢は八人くらいでやってきた。大人数で行動するのが彼らのやり方なのだろう。
「なんなんですかあなた達は!」
人相の悪い八人に囲まれた兎的さんが声を上げる。若干、うわずっているように聞こえた。
「俺たちを知らねえの?」
オールバックが前に出て、突然兎的さんの頭を掴んだ。
「散々、その屋台に邪魔されたんだけど、本当に知らないの? なあ」
兎的さんは、歯を食いしばりながらオールバックを睨みつける。
「まあいいや。お前にはちょっと……事務所まで来てもらうわ……。連れていけ」
「じっとしろコラア!!」
兎的さんの背中に暴漢が膝蹴りを入れる。
「ヒ!!」
兎的さんのか細い悲鳴が、リサの耳に刺さった。
「オイ」
オールバックが、部下に合図を送ると、部下は屋台に燃料をふりかけた。
「あ……やめろ……やめろーーー!!」
兎的さんの叫び声が響く中、マッチに火がつけられ……
数秒すると屋台に火柱が上がった。
リサは咄嗟に逃げた……。
* * * * *
怪我はなかったが、リサは悔しくて自分を責めた。
何も、することができなかった。
結局自分は助けられてばかりで、暴力に対して無力なのだ。
勇気を出して、屋台に戻ってみたが、誰かが消化器を撒いて鎮火された、真っ黒な屋台がそこに残っており、
兎的さんの姿はそこに残っていなかった……。
リサはただ、立ち尽くすしかなかった……。
「あ!!」
誰かが駆け寄ってきた。
「リサか!? 何があったアルか!?」
買い物から帰ってきた莉春と、出汁郎さんが屋台の方にやってきた。
リサは、莉春にしがみついた。
「ごめん…… ごめん……何もできなかった…… ごめん」
「いいから! そんなのいいから! 何があった!? 兎的さんは!?」
「火をつけた人達に、連れて行かれた……」
「え……」
莉春は、出汁郎を見る。出汁郎の顔が、かつてないほど青ざめていた。
「出汁郎さん……ごめんなさい。屋台守れなかった……」
「ああーそれはーー大丈夫ですーー。でもーーーあっちがーーーちょっと、心配ですねーーーー」
* * * * *
新宿解放区、
『罰天』と書かれた掛け軸が飾っており、兎的が座っている。腕を背中に回され、手錠で拘束されている。
すでに顔には、痛々しい痣と、切り傷がつけられており、
彼の足元には血溜まりができており、血で真っ赤に染まったタオルが耳の辺りに、雑に押し当てられている。
「そろそろ答えろよ。なんなんだ?お前等」
「…… ……」
ボロボロになりながら、兎的は黙っていた。
「我慢強いねー。でも俺経験上わかるんだよ。その顔は……結構無理してる顔だってねー」
ナイフをちらつかせたオールバックは、笑いながら左手で掴んでいるものを、ピラピラと兎的にぶつけている。
……切り落とした兎的の耳である。
「フヒハハハハハ!!!! 痛い?」
「…… ……」
兎的は、じっと目を閉じている。
「早く喋らないと、死んじゃうかもよ? それとも……『もう片方』も僕にくれるの?」
オールバックは、ナイフを兎的の反対側の耳に押し当てた。
「フヒ!!」
兎的の顔に、新しい血の筋が流れる。
「んー? ところでお前、うちの組のモンに似てるなあ」
* * * * *
笹塚。黒くなった屋台の前で、
出汁郎は兎的に電話をかけるが当然でない。
「ああーー大丈夫かなーーー」
「警察に……! いうべきじゃないですか!?」
「……警察は助けてくれないアル あいつ等なんでも現行犯とか、証拠がないともう、一歩も動かないアルよ」
「そんな……」
「大丈夫かなーーー、心配だなーーー……死人が出てないといいんだけど……」
「…… ……え?」
「出汁郎さん、諦めた方がいいアル……多分……今頃もう何人か兎的さんに殺されてるアルよ……」
「はあーーーー、やっちゃったなーーーー」
* * * * *
革命区、『罰天』オフィス。
目を閉じていた兎的が、突然目を見開いた。
「…… ……僕が……誰に……にてる………って?」
「ああ? まだ喋れんのかよコイツ」
兎的は顔を上げた。その顔は、血に染まりながらも、なんと笑っていた。
そして、兎的は手を前に出した。彼を拘束していたはずの手錠が、飴細工のように歪み、ちぎれていた。
「…… え?」