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白パーカーの襲撃

 

 25時。リサ宅前の公道は、車が一台も通らない。

 もちろん、歩いている人間もいない。誰もいないのである。

 この辺りではもはや、外を歩いているだけで危険と言われている。


 人間は、実に簡単に恐怖バイアスにかかる。だから拳銃が合法で売られたしたら、

「自衛のため」であるとか理由をつけて、訓練を受けてなくてもそれを受け取ってしまうのだ。


 リサの家は住宅街にある。この辺りこの時間帯に、外をうろついているだけで警察を呼ばれ、

それがほとんど機能しなくなっていることを知っている人間は部屋から発砲してくることもある。

 そして、撃たれて怪我をしても文句が言えない風潮になってしまっていた。


『トウキョウのミナサンに、安眠を与えることができたのは銃のおかげだ』


 などと海の向こう千㎞離れた場所の大統領は誇らしげに言い喝采を浴びる。

 撃ち合っているのが唯の市民であると言うことを知ってか知らないのか、無責任な事を言う。



 * * * * *


 いつの間にか、リサ宅の前に白パーカーの男が立っていた。

 闇夜に白色は実に目立つ。

 だが、これも彼の策略だった。


 彼はここニ、三日、意識してこの辺りをうろうろしていた。

 高身長でいつも同じ服装なら、近郊に住む人間の目に必ずつく。

 そしてその人間が特に害を与えないとわかると、人間は警戒を解くのだ。

 彼がこの時間帯出歩いて許されるのは、実は目立つ格好だからである。


 白パーカーの男は、堂々とリサの家の前に立ち、窓を見上げていた。


 そこに……


 カラカラカラカラ……と音が響く。

 そういえば、この辺りで最近目をひく物体はもう一つだけあった。

 それがこの辺りで商売を初めた『ラーメン角屋』である。


 屋台にしては大柄な車を、丸眼鏡の轍が轢いている。


 白パーカーはそれを見て笑ってしまった。


「よう」


 轍は、白パーカーの男の顔を、少し離れたところからまじまじと見ている。

 白パーカーは落ち着いていた。ここで会うことはわかっていたようだ。


「あんたらかい? 暗視カメラで俺の事を覗いてたろ」


「…… ……兎的か?」


 轍は問いかけたが、白パーカーの顔を見ながらも違和感に感づいていた。

 マーマクレープの従業員、兎的に似ている。しかし、似ているだけだ。どこか違う。


「ああ? 誰だって?」


 高身長で整った顔が、ケラケラと笑っている。

 まるで古い友人に偶然会ったような顔だ。

 男は、夜だと言うのに大声で喋る。彼の興味は最初からリサにはなかったのだ。

 

 白パーカーは、屋台の方に歩いてきた。


「それ、ハイテク屋台なんだろ? ちょっと見せてくれよ」


 白パーカーの手が『角屋』屋台に伸びる。彼が知らない人間だと感ずると轍は、白パーカーの手を払った。 

 手を弾かれた白パーカーが、何やら大げさによろけているように見えて轍は警戒した。

 白い袖の内側から、掌に収まるサイズの拳銃が顔を覗かせてきた。

 まるで映画、タクシードライバーだ。



 パァン! 


 白パーカーの掌から乾いた音がする。

 銃弾が、轍の肩をかする。


 銃声がしたことによって住宅街には沈黙とは違う緊張に包まれた。

 どこからかドアを開け閉めする音が聞こえる。

 


「オイ仲間呼べよ。いるんだろ? 他にも」


 屋台から離れてうずくまる轍に、白パーカーは近寄る。その仕草には気持ちの悪いほど殺意がなく自然体だった。

 こいつはおそらく気配を、出したり引っ込めたり、コントロールできるのだ。


 ……男が『間合』に入った事を確認すると轍は、白パーカーの顔面を目掛けて不意打ちの後まわし蹴りを仕掛けた。

 殺気を引っ込められるのは、轍も同じだった。

 ……しかし妙である。男が消えた。……

 否。気づけば、蹴り上げられた轍の脚の太腿の上に――まるで軽業師のように――白パーカーがしゃがみ込んでいたのだ。

その顔は、相変わらず笑っていた。

 

「得意のステゴロか? 本気出せよ」


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