パーカーの男
「なんだよ。その面」
『新宿革命区』その二階のオフィス。
「罰天」と大きく書かれた掛け軸が飾ってある。
昼過ぎだと言うのに部屋は薄暗い。隣のビルが完全に日光を遮っているのだ。
薄暗いオフィスに、白パーカーの男と、顔に大きな絆創膏を貼っているオールバックの男が二人。髪は櫛が乱れている。
白パーカーは男の大袈裟な絆創膏が気になってはいるが、あまりみないようにしながら堂々と部屋でタバコを蒸している。
オールバックのスーツの男は、小さい動物のキャラクターのステッカーが貼ってあるPCのモニターをニヤニヤしながら眺めている。
画面には、スタッカーとお揃いの小さい……うさぎともネズミとも猫とも取れる小動物のキャラクターたちが、
笑ったり泣いたりしながら、薄っぺらい日常を生きていた。
オールバックは、その形相には全く相応しくない薄気味悪い笑顔で、その様を見て「ウフフフ……」と声を漏らしていた。
白パーカーは、そんなオールバックの姿を自らの煙で視界から遠ざけた。
「…… …… 小野山リサの住所は?」
「…… ……見つけた。笹塚だったよ。
……おい。こいつがなんだってんだ? 俺らは人攫いの集団だったのか?」
「……見つけたんだ。だったらさっさと連れて来なよ」
オールバックは、PCの画面を眺めながら、不衛生に伸びた爪でキー、キーと机を引っ掻き出した。
こいつはタバコを吸わない。その代わりにイラつくとこの癖が出る。
「ちゃーんと切ってあげたいんだよ。あの耳……」
それを聞くと白パーカーは「ふう」と煙を吐き出して、火のついたままのタバコを指で弾き、オールバックの額にぶつけた。
火の粉が弾ける。
「自分でやれよ。俺を巻き込むな」
オールバックは、タバコをぶつけられたことには無反応で、白パーカーに答えた。
なんとか、理性的な対応をしようとしているのがわかる。
「彼女は『山岡』の女だ。居場所を知ってるか、匿ってる可能性もある」
「ああ? ……ああ。いたっけなそんな奴」
「米国の交渉窓口から、『新青龍』に対して人質にも機能する。まだ使えるんだよ『山岡』は」
「(大きいため息)交渉? 人質? いつまでんな生ぬるいこと言ってんだよ。
さっさと片付けちまえば終わる話だろうが。はっきり言ってトロいよ。おたくら」
「……それができるならやってるんだよ。そこに『政治』がなければ、ガキの喧嘩と変わらないわけだからね。
僕たちがやっているのは闘争だ。喧嘩ではない」
「くだらねえ……」
白パーカーはそう吐き捨てると、事務所から出ていった。
「…… …… ……ふひひひひ」
薄暗い部屋に、オールバックの笑い声が響く。
* * * * *
高円寺。ラーメン『角屋』には、また露軸という背の低い女性が訪れていた。
今日は一人で、来るなり出汁郎渾身の新作『新宿ブラック』を注文し、
黙々と口に運んでいる。
「いつか私が出汁郎の女になった時、一番食べる味だから」
などと、本心で言っているのか適当なのかわからない発言をする。
この女性には、こういうことが度々ある。
「それでーー、今日はどうしたんですかーーー? 一人でー」
「うん」
露軸は、ものの1分で真っ黒い麺を完食すると、真っ黒いチャーシューを2口で平らげ、
作業的にスープを飲んでいく。
無表情であり、『美味しい』とも、『しょっぱい』とも言わない。
寝起きの朝、片手間にシリアルを胃に掻き込む作業と一緒である。
その姿を複雑そうに出汁郎は眺め、莉春は明らかに不機嫌になっていた。
「注意喚起だよ」
「注意、喚起?」
露軸は、スマホを取り出し、動画を再生させて、それを『角屋』の面々に見せた。
動画は、小野山リサの家を視界に収める暗視カメラだ。莉春が設置したものである。
「この男」
露軸は、深夜にリサの家の前を通り過ぎたパーカーの男を指差した。
「これでここを通り過ぎるのがこの日で5回目」
「……えー……がつきませんでしたーー」
「うん」
「彼ーーが、何か問題がーー?」
出汁郎に言われて露軸は、画面をタップする。すると男の顔が拡大される。
それを見た莉春は思わず声を上げてしまった。
「…… …… ……これはーー……兎的くん?」
「まごうことなき、兎的だね」
白パーカーの顔からは、不確かながらも特徴のある整った目鼻立ち、
小さい顔に細い顎そして高い鼻。そして、猫背気味な細くて高い背格好。
『マーマクレープ』の兎的に、確かに見える。
「リサさんに何か用がー?」
「わからない」
「本人に聞いたんですかー?」
「……兎的は色々と足りない男だけど、嘘もつかなければ隠し事もするような人間じゃないよ」
「ではーーこれはーー……」
「わからないけれど、『罰天』が小野山リサを執拗に追いかけ回しているのは、出汁郎たちも知っての通りよ。
なんでかはわからないけれど。
これが兎的でも、他人のそら似でも、気をつけたほうがいい」
「はあ……」
露軸は、真っ黒いスープを一滴残さず腹に納めたら、
「ごちそうさまでした」
と言って手を合わせた。




