忘れ物
そのままリサは病院に運ばれた。
まったく、親や友人になんて説明すればいいんだろう。
そんなことを、考えていた。
数針縫うような怪我にはなったし、最悪痕が残るかも知れないなどと不穏なことも言われたし、
親も呼ばれるしでロクな事にはならなかった。総じて、本当に新宿になんか来なければよかった。
リサの両親は共働きで、どちらも家庭より仕事を重点に置くタイプのようだった。
幼少期のリサは学童通いで、夜まで親が迎えに来ない子の典型だった。
お互いに干渉しないのは、親も子もそうでそこそこ厳しく育てられたのは兄だけだった。
兄が比較的親の干渉を受けた分、リサは良くも悪くも『雑』に育てられた。
やりたい。と思ったことはなんでもやらせてもらえ、苦労することもなかったが責任を取るのも自分自身だった。
それは成人してからはますます顕著になった気がする。
それなりに親子喧嘩もしたことがあったような気もするが、
それはどちらかと言うと親より兄との喧嘩の方が多かった。
兄が何かにつけて自分に当たりが強いのは、育てられた環境の違いからくるものだと知ったのも最近のことだった。
病院で、顔中に包帯を巻かれたリサを、母親が見たときは流石に驚いたような顔をしたが、
帰りの車の中でも格別、会話はなかった。
自然とリサは、二度も新宿で暴漢に襲われた事も親には言わなかったし、
「何があったの?」と聞かれたのも最初の一回きりだった。
リサは、親からの愛情を受けて育ったとは言えなかった。
そんなんなら産んでくれるなよ。と思わないこともなかったが、正しい家族感などわからないリサは、
そう言うものとして受け入れていた。
山岡のような男に惹かれたのは、そういった事情があったからなのかも知れない。
ちゃんと心配してくれて、ちゃんと親身に話をしてくれる人間は、山岡が初めてだった。
…… それも、嘘だったわけだけれども。
でももういい。もう探さない。
探す度にこんな怪我をするのでは、命がいくつあっても足りたもんじゃない。
…… もしかしたら自分は、誰かから心配されることを心のどこかで望んでいるのではないだろうか?
なんて浮かんできたばかりの邪念を、首を振って振り払った。
自分が攫われるたびに誰かが助けてくれるなんて、そんなゲームのお姫様みたいなこと考えたりしない。
流石に、『やんちゃ』が過ぎた自分の行いを反省して、リサは自主的に自宅謹慎をしていた。
そんなある日の事である。
「リサ?」
今日はリモート勤務だった母親から呼び出された。
「あんたにお客さん」
?? わざわざ家に? 友人からそんな連絡は受けてないけれど。
寝巻きで髪もボサボサのままだが、わざわざ自宅に訪ねてきた客人に失礼があってはならないので、玄関まで行くとそこには、
会うのが三度目の、『角屋』の女の子が立っていた。確か……リーシュンちゃん……だったっけ?
「あ……こんにちは」
「お前の落とし物を届けにきたアル」
「え……?」
ん。と、女の子はまん丸い腕で、リサの使用しているプリペイドカードを差し出した。
しまった。そうか、屋台の中で落としたんだ……。
「ありがとう……ございます」
「新宿で! こう言うものを! 落とすな!! 危機管理能力死んどるんか!?」
「ごめんなさい……」
また、この子に怒られてしまった……。
プリペイドカードを、莉春から受け取る。
「…… ……大丈夫アルか?」
「え? あ……はい。おかげさまで思ったよりかは酷いことにならずに済んだと思います。
あの!! ……二度も助けてくれて、ありがとうございます」
「ホントよ!? シンジランナイ!! ガミガミガミガミガミガミガミ………」
気のせいだろうか? 莉春ちゃんのお説教が、途中からガミガミにしか聞こえなくなってきた。
「はい……さすがに反省しました。本当にごめんなさい」
「もう新宿こないか!?」
「は、はい行かない……と思います」
ん。 と、莉春は頷いた。
「……本当に大丈夫アルか?」
「え? はい……」
すると、莉春ちゃんは、じっとリサを見た。
「お前、今から時間あるアルか?」
「え? あー……はい」
「買い物に、付き合えアル」
「……え?」




