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「さて、開けてみましょうか」

「なぜそういう話になる?」


「だって陰陽師は今忙しいのでしょう? 中にいるのがただのお魚だったりしたら怒られてしまいます。何が入っているにしろ、生きているなら餌も食べるでしょうし、それの見極めもしなければ」

「鬼が持ってきたのがただの魚のわけがあるか」


「それは偏見というものですわ。殿方のなさりようがおなごには理不尽で理解不能なこともあるように、鬼がただの魚を礼に持ってくる特有の文化があるかもしれません」

「それとこれは別だ」


「殿方は分けて考えたがりますものね」

なにかいう毎にやんやとうるさい父親に娘が不快そうにじとり、とした目線を返す。

それを感じ取って、妻を思い起こした。

顔をあわせればにこやかなのに、見えないときに視線が張り付いているようなのが嫌で嫌で、遠ざかったのだ。


「そなたと話していると長く苦しめられている夜の頭痛がますますひどくなるようだ」

「それはそれは。おつむりが痛みますの? 夜に? まるで釘を打ちつけられているかのようにですか?」


「なにをほのめかしている!?」

「なあんにも」

娘が扇でさっと顔を隠す。


嫌な予感が上乗せされてさらにずきずきと痛みが増す。

額を押さえて尋ねる。


「奥はどこで何をしている?」

「まあ、何年も経ってやっと母上のことが気になりはじめました? でも今更、母上についての詮索や邪魔は野暮ですわ。母上も今までは父上の邪魔をしなかったでしょう? 起こっていることは単なる因果応報で、詮索するまでもありません。ただわたくしは、そろそろそういうものに本気でうんざりしておりまして」

「それはどういう──」


再び不吉を思わせる、得体の知れぬ夜の声かいた。

かなり、近い。

バサバサと羽ばたきの音も聞こえた。


ズキン、と今までにない激しい痛みに襲われ、頭を押さえて屈みこみ呻く。

「うう、頭がっ」

「痛みますの?」


娘が静かに呟く。

「──鬼にわたくしの未来の首がほしいなどと申したのは、起こる全てが疎ましかったからかも知れません。全ての憂いが消えた先の時間を思うことができれば、このうんざりしている間の心慰めになると思ったのかも。そうでなければわたしも、お母様のように思い詰めて何かに変わってしまうかも、と。のんきなお父様にはわかっていただけないかも知れませんけど」

衣擦れの音がして、娘が御簾の内から出て、苦しむ自分を見下ろしているのを感じる。


取りすがる。

「奥は、一体、なにを。この痛みは、」

娘の冷えた手が額に触れると痛みが消え、板間に木釘がかしん、と落ちた。

「釘、どこから」

茫然とそれを眺める。


「おや、まあ。お優しいお母様、思いきりの悪いお母様、抜けることのないよう渾身こんしんに打ち付けてはいらっしゃらない。女たちの形代には容赦しなかったのに」

娘が拾い上げた釘をくるくると指でもてあそんで、憐れみを込めた独り言をする。

「未練を絶ち切ることもできずに父上を追って宮中まで心をさ迷わせて。やがてこちらに鵺を追って猛者たちが参るのかしら」


また一度、化鳥の声が闇に響いた。

館の内側から響くように。


「照、あの声は、鵺は」

鬼の礼物が自分の目前に置かれた。

「夜が騒がしくなる前に、こちらを開けてご覧になりません? 未来のわたしの首ならこれから起こることを教えてくれるかもしれませんよ」

まるで救いのように優しい声だが、提示されているのは救いではない。


好奇心を湛えた無邪気な顔の娘がこちらを見つめてくる。

鵺の声などまるきり気にはせぬように。

「蓋を開けたらどんなわたしが見返すのでしょうね? 晴れやかなわたしかしら。恨めしい目のわたしかもしれませんね。なんといっても人生に憂いは付き物ですから。今とはどんなにかけ離れても、先々が幸せとは限りませんものね。残念ながらわたしはそれほどのんきで楽観だけの娘ではありませんのよ、お父様の娘では、あるけれど」


カタカタと父と娘の間で黒い櫃が鳴る。


「開けてごらんになりませんの。娘が己の首を所望するほど安寧にかつえることも、長い長い恋着と妄執の果てが怪異になることも信じていらっしゃらないのでしょう? 信じないお父様が蓋を開ければ無かったことになるやもしれませんわ。それともやはり閉じたままにしておきましょうか、待っていれば陰陽師や猛者たちが参って始末をつけてくれるかもしれませんわ」


カタカタと、

黒い櫃が鳴っている。

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