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「鬼か、礼物の鬼だな!? よもや今までの話に現れていなかったのが不思議なくらいだぞ!?」
「でもその後面白いことはなんにも起こりませんでしたのよ。怪異にも鬼にも動じないわたしを見込んで頼みがあると仰って、どんな頼みごとかとわくわくしていたら、なんとも退屈なことに女性の気を惹く為の忠言を貰えまいかと。正直落胆を押さえきれませんでした」
「うむ、わたしも忠言を求める相手を大いに間違った気がする。むしろなぜわたしに聞かなかったのか不思議でならぬ」
父の言葉をはたき落とすように、扇で強くひとあおぎする仕草をして娘が続ける。
「鬼はある身持ちの固い女性の方の元へ貴公子に化けて通っていらして、全く相手にされない気難しい女性の気を惹くのに良い案はないかと。それでわたくし、とある物語について教えて差し上げました」
「光る君の話か」
「そちらはもう古うございます。まあ、その流れを組む、とある女房筋でだけ流行していたという異バージョン、ですわね」
「そなたにしては歯切れが悪いな」
「殿方らしい殿方には理解しがたきものですもの。とは言え、殿方同士の友垣の贈答歌ばかり出てくるのですが。剃髪でもなされれば理解しやすいかと思いますが、まあ、光る君を基にしたおなご同士で秘密にして楽しむ物語があると単純に理解なされませ」
「うむ?」
「鬼はなかなか見目の良い立派な貴公子のなりをしておりましたし、それでなびかないなら、こちらの異バージョンのようなもので釣れる方ではないかと当たりをつけましたの。それでその晩、めでたく目通り叶ったそうですわ。それで後から礼をすると」
「鬼を手引きしたのか!」
「いいえ、隠された物語の存在を話しただけです」
「その女人どうなったのだ!?」
「知りませんわ」
「無責任ではないか」
「お父様とて今まで知り合った全ての女性の面倒を見ているわけではございませんし、その行く末をご存知でもないでしょ?」
「それとこれとは話が違う! いやはや辛抱して話を聞いてみれば、咎めどころが多過ぎてどこから始めればいいのかわからん!! そして不吉極まりないこの礼物をどうする気だ!」
「わたしが鬼から礼物を受けとるのをお咎めなら差し上げましょうか?」
「おかしなものが入っている礼物など要らん!」
「まあ、なんと酷薄非情なお言葉。血の繋がった娘の首ですのに、要らぬとは」
「だからそんなはずはなかろう」
「わたくしとて当初の予定通りに、完璧な美女の接ぎ合わせを頂くつもりでしたのよ? でもあの鬼は自分にはできないと。他のものは欲しくないといってもしつこく礼をするというのですもの。諦めさせようと無理なものを口にしたら、意外にもわかったと言って引き下がっていきました。あの時は、ちゃあんと諦めさせたとばかり思ったのです」
「たばかりだ、謀られたに決まっておる。相手は鬼なのだから」
「そうかもしれませんね。でもそれなら鬼は礼は要らぬと言った時に引き下がれば良かっただけのことなのですが」
二人の口論の下でかたん、と櫃が揺れた。