09 【萌芽①】
故障修理に出していたPCがやっと昨日帰宅しました(笑)
連載更新を再開します<(_ _)>
青の世界は、他の世界とは違ったヒトの進化を辿っている。
半獣人……獣の特徴をその世界の人々は、必ず身体のどこかに持っていた。
耳、目、牙、体毛、爪、尾をはやしている者もいる。
そして彼らは、おおむね他の世界の人々よりも俊敏である。
ホタルは生まれ故郷に降り立つと、微妙な視線でこの大地から連なる光景を見渡した。
「貴女も複雑?」
キッカがぽつんと呟いた。
ホタルは微苦笑で応えた。
彼女は比較的長身で、キッカはどちらかというと背は低い…というか、ちっちゃい。
「ふたりとも置いてゆくぞ~~」
トーティアムが振り返って、2人を呼んだ。
-ヴォーグの街-
ここが青の世界で一番大きな街。
空港を抱えているせいで、様々な人々がここには混在する。
とはいえ、ギエンのような機械的な風景ではなく、牧歌的などこかのんびりした風情だった。
大きな建物もレンガ造りが主流で、街の中央を貫通する道路は広く舗装されているが、ひとたび脇道へ入れば大地がむき出しになった、細く曲がりくねっている。
手近な宿屋に旅装を解いたトーティアム一行は、ふたたびホタルを先頭に街へ出て行った。
白い長いガウンに、紫のビスチェ、首から胸元にかけてのピンクパールが無数に連なったアクセサリーが優雅である。
かなり盛大に目尻が下がっているのが御愛嬌だが、発散する色香は半端ではない。
「どう?久しぶりの故郷は?」
彼女…白魔導師のママン=セヴァナは、正面に座ったシンリィに微笑んだ。
「なんだかなぁ…複雑ぅ~~~」
シンリィは宿のテラスから遥かに見える山脈を見て、唇を歪めた。
濃紺のヒラヒラたっぷりの服は、どう見てもこれで妖魔やモンスターと戦う姿では……ない。
「あたしも…あの子も、ここにはあんまりいい思い出ないからねぇ」
シンリィの視線の先にホタルがいた。
「でもいいの?お姐?」
「そのお姐はやめてくれない?」
「ほぁ~~~い♪」
シンリィのおどけた返事に、セヴァナも笑顔で頷いた。
「まさか…あの白魔導師がキッカお嬢さんとは思わなかったわ」
「例のお嬢さんでしょ?」
「そうよ」
「まぁでも、競争相手としては極上よ」
「そうなの?」
「白世界屈指の名家のお嬢様…」
「血筋ってやつ?」
「だけじゃないわよ。魔力量多いし、資質はあたしより強い…と思うわ」
「へぇ~~~~」
「力が解放されたら…ね」
セヴァナは悪戯っぽく小さく笑みを見せる。
「術だけなら、ま~だ負けないわよ」
「術だけ?」
「そうよ…白魔力も黒魔力も、術だけじゃ限界があるのよ…持って生まれた資質が最終的にはものを言うのよ…ちょっと悔しいけどね」
「難しいこと言わないで~~」
「はいはい。じゃ、食べたらあたし達も出かけよう!」
「ほぁ~~い♪」
-赤世界 ダミエ山脈-
「まだぁ~~???」
マコの声はすでに、かなり…とんでもなく疲れ切っていた。
「もうちょっとよ」
足を止め、額の汗を指先で弾き、アランは前方の山並を見上げた。
故郷の赤の世界に、剣の修行をしに戻ってきたアランと付き添いのマコ。
アランはブレイドマスター…師匠の住む遥かな山脈へ向かって歩を進めていた。
「え゛…もしや、あの山ぁ~~??」
「そうよww」
「あぐぅ~~、あたしもキッカちゃんと一緒すればよかったよ~~」
「ってさぁ、マコ。まだ今日は1時間しか歩いてないんだけどな?」
「でもでも~~~、ず~~~~~~~っと上り坂だよ~~」
「はいはい。じゃ、休憩ね…3回めの」
「やった~~」
アランの皮肉も全く通じないマコは、でんと座り込んで、水筒の水を咽喉を鳴らして流し込んだ。
「はぁぁぁぁ~~~生き返ったぁ~~♪」
元気なら元気で、疲れたら疲れたで、とっても賑やかなマコ。
(一緒に来てくれて良かった…)
アランは青い空を見上げた。
考えすぎる自分を、マコの陽気な言動が癒してくれる。
「あれ?」
「?」
「あれれれ~~~~」
マコがまたもや騒ぎ出した。
「どうしたの?」
「ないの~~~~」
「ん?」
「ないのよ~~」
マコは自分の荷物の中を必死になにかを探している。
「何がないの?」
「え……えっとぉ~~」
探す手がぴたりと止まり、上目遣いでアランを見るマコ。
「持ち物は、必要最低限でって言ったわよね?」
「う…ん」
「お菓子、果実は却下って言ったわよね?」
「あい…」
「で?なにがないの?」
アランの追及に窮したマコが、ふっと木の上を見る。
「あっ!」
「今度はなに?」
「ああああああああ~~~っ!!」
叫びだすや、マコが脱兎の如く駆け出した。
マコは跳躍すると、木の枝に立った。
「あんたね~~」
見るとマコの前に、紅毛の小さな獣が袋を手にしていた。
「返しなさいよぉ!」
獣…鼠よりはやや大きい…は大きな瞳をマコに向け、後じさる。
と、袋を咥えると、とんと枝を蹴り着地した。
「待てっ!」
マコも追って再び地に降り立つ。
獣は瞬速でアランの背後にまわりこむ。
「アラン!捕まえてぇ~~~!」
マコがアランの方へ戻ってきた。
「あ゛……」
獣はアランの手に袋を落とした。
アランは獣の頭をくしゃくしゃと撫でると、袋の中身を…
「見ちゃダメ~~~~!!」
…見た。
「ふ~~~ん…マコっちゃん、これってお菓子かな?」
「え?あ?……」
「笑って誤魔化さないでね」
「あうぅぅ…」
「これはこの子にあげるよ」
「はい…」
アランは袋ごとお菓子を獣に渡した。
しょげかえったマコが、ちょっと視線をあげる。
アランが獣の頭を撫で、獣は袋に頭を突っ込んでお菓子を食べている。
「ねぇ…」
「ん?」
「その子、知ってるの?」
アランは獣を指差した。
「そうそう」
「うん。ブレイドマスターの相棒よ」
「お師匠様の?」
「うん。マウロっていうの。よろしくね」
「鼻が効くのね」
マコは四つんばいでアランににじり寄って、マウロの背をちょいとつついた。
「キュイ」
マウロが小さく鳴いた。
「泣く子と小動物には勝てないわ」
2人と1匹は、再び遥かな山並を目指して一本道を歩き出した。
-再び青世界のヴォーグの街-
「さて、この辺だったと思うんだがな」
トーティアムは街外れの古い煉瓦建の店の前に立った。
「ここは…」
ホタルがあからさまに嫌な顔をした。
「どうしたの?」
「婆さんを知ってるのか?」
キッカとトーティアムが同時にホタルの様子が変わったことに気づいた。
「あたし、ここは遠慮する…」
回れ右をしたホタルの背中に、店の中から罵声が飛んだ。
「逃げるなっ!」
条件反射のように、直立不動の姿勢になったホタル。
店から腰の折れた小さな老婆が現れた。
「婆さん」
「おや、トーティアムかい、珍しいのぉ」
ちらとホタルに一瞥をくれて、老婆は彼を店に招きいれた。
「そこのおっかないお嬢ちゃんや、固まってる莫迦娘を連れてきておくれ」
ふわりと姿を現したカリュが、フードからそこだけ見える唇に苦笑を刻んで、ホタルの腕をとって店に引きずって行った。
店の中は意外に広い…が、所狭しと書籍が山と積んである。
窓から差す陽光は、分厚いカーテンに遮られ、店内はゆらゆらと揺れる蝋燭の光だけ。
「雁首揃えて帰ってきたか…」
老婆はぶつぶつと呟きながら、椅子を3人を勧め、自分は奥にある円卓の向こう側に座った。
「え?」
ホタルが老婆の呟きに反応した。
「姉様がいるの?」
老婆は彼女の言葉には答えず、トーティアム、カリュ、キッカを順に見渡した。
「揃ったようじゃな?」
「はい」
「だがまだ未熟じゃな……」
「それも承知してます」
「が、時間がないの……」
「その通りです」
「あと…2年ほどじゃな」
「はい」
トーティアムと老婆の会話は、キッカとホタルには禅問答のように聞こえた。
「あの…」
「白の直系じゃな」
老婆がいきなりキッカと視線を合わせた。
ずん
とキッカの頭の中に、何かが入ってきたような衝撃だった。
「そっちのお嬢ちゃんは、怖い怖い」
おどけつつ、カリュへ視線を移す。
「くっ!」
カリュも老婆と不意に目が合い、視線の衝撃で顔をしかめた。
「ホタルや」
老婆が部屋の隅でいじけているホタルに声をかけた。
「なによ」
「大きくなった」
「5年もたつから…」
「そうじゃな」
老婆は再びトーティアムへ視線を戻した。
「これからが苦しいぞ」
「承知しているよ」
特に気負いもなく、彼の表情はいつもどおり穏やかだった。
「話したのか?」
「いや、まだです」
「どうするのじゃ?」
「あとの2人が戻ってから…と思ってますが」
「そうか…で、今日はなんじゃ?その話ではないとすると、カブキの森へ入るのか?」
トーティアムが頷くのと、ホタルが小さな悲鳴をあげたのが同時だった。
「ふふん…ホタルや、頑張るんじゃな」
「行きたくない…」
椅子を立ち、キッカがホタルの手を取った。
「大丈夫。みんないるから」
ちいさなキッカが長身のホタルを見上げた。
目尻に涙の粒を見せているホタルが、キッカを見下ろす。
普段はクールなキッカが、にこっと笑みを見せた。
「みんないるよ」
再びそう言うキッカに、ホタルはきゅっと手を握り返した。
「うん」
小さく頷き、彼女は顔をあげて、その場の皆へとびっきりの笑顔で
「行くよっ!!」
と宣言した。
【続】