07 【邂逅④】
宿屋の食堂では込み入った話も出来なかろうと、トーティアムは食事をテイクアウトして、先ほどの公園に舞い戻った。
周囲にひとはいない。
「やっぱぁ~これがないとねぇ~~♪」
マコが酒の入った壷を持ってきた。
「おいおい…俺はこう見えても下戸だぜ」
「も~~マコったら」
「あんまり飲まないでね…」
トーティアム、アラン、キッカは食事を頬張り、マコは酒壷から直に飲み始めた。
「こりゃ、すごいや…」
呆れたようにその姿を見る彼に、アランとキッカは苦笑いで応えた。
「で?何故、君たちはプリシラ魔窟へ行く?」
食事があらかた終り、マコもいい感じで酔っ払った頃、彼が3人に顔を向けた。
「話せば長い…物語です」
アランが答えた。
「3人とも目的は一緒。…でも、理由は違う…かな」
キッカが小首をかしげ、人差し指を口元に置いて話し始めた。
アランは赤い世界の『名誉の騎士』家に生まれた。
キッカは白い世界の『迷宮の魔導士』家の次女。
マコは橙の世界の貧民窟で生活していた。
3人は『異法の世界樹』の実を捜して、少女の頃から旅を続けていた。
『異法の世界樹』…それは大世界の伝説…種の根源を司り、時間を支配する。
それが本当に『世界樹』という樹木なのか、それ以外の何かなのかすらわかっていない。
だがそれは、先の戦争以前には緑の世界にあったらしい。
多くの冒険者やトレジャーハンターが、消失した緑の星を捜し求めていた。
そこにある『異法の世界樹』『黄金の冠』を探し続けていた。
それを手に入れることが、この大世界を手に入れることと同義と信じていたから…
現政府も、いくつもの宗教集団や、秘密結社も捜し求めたが、誰もその真実に行き当たっていない。
「『異法の世界樹』の実?」
「そう…です」
「ということは、樹木に間違いないのか?」
「私の家に伝わる大世界図に描かれているものは、樹木でした」
アランは夜空を見上げ、そう言った。
「『名誉の騎士』家といったね?」
「はい」
「赤の世界では名門中の名門じゃないか?」
「今ではただの前世の化石みたいなもんです」
「そう…だろうね……」
戦争前、その家は将軍を何人も輩出した。
戦争中は、赤の世界軍を指揮する将軍を多く生んだ。
かつては大世界を守護する騎士の家柄だった。
だが戦争が終り、すべての正規軍が解体されるや、『名誉の騎士』家も没落した。
「家を再興するのか?」
「違います」
トーティアムの質問にアランはきっぱりと首を横にふった。
「では何のために探す?」
「祖母様のために…」
「?」
唇をきつく引き結んだアランに代わって、キッカが口を開いた。
「アランの祖母様、もうずっと昏睡状態なんです」
彼女はちらとアランを見る。
アランはちいさく頷いた。
「歳もとらず、意識もなく…30年間、ずっとそのまま…」
「不老病……不治の病じゃないか…」
「はい。…でも、アランは『異法の世界樹』の実を食べさせたら治るんじゃないかって……」
「ほう…」
「全ての望み、全ての災厄を祓い清める力…それが祖母様の不老病に効くんじゃなかって…」
トーティアムは唸ったまま腕を組んだ。
「根拠はないんだね?」
「……」
彼の冷静な言葉にアランがぴくりと緊張する。
「だが、それを信じて探している?」
落ち着いた彼の次の言葉で、彼女は緊張が解け、小さくこくんと頷いた。
「……1年待っててください。私、きっと強くなってきます」
「はいよ」
きらきらと光る瞳は、同時に強い決意を宿していた。
「あ~~れぇ~~~??」
素っ頓狂な声が、頭上から降ってきた。
大きな樹に、いつの間にか昇っていたマコの声だった。
「おいおい」
呆れたように見上げるトーティアム。
明らかに……確かに…間違えようもなく…マコは泥酔した声だった。
「あっちゃ~」
「しまった」
アランとキッカが同時に頭を抱えた。
「ははは…陽気に酔ってるのは、まぁ、いいじゃないか?」
彼がそう言ったときだった。
「妖魔はっけ~~~ん♪」
マコの声は……どこまでも陽気だった。
「「「え?」」」
3人同時に顔を見合わせた。
「どこだ?」
トーティアムが世の闇に問いかける。
闇が凝縮し、カリュが現れた。
「街の外」
「そりゃそうだろ。街には結界が張ってある」
「持つかしら?」
「強いのか?」
彼にカリュは不敵な笑みを見せる。
赤い舌で、艶やかな唇をちろ…と舐めた。
「無属性妖魔…」
「はは……またなんで、そんな厄介な奴がこんなところに?」
「さぁ、あたしは妖魔じゃないから」
「正論だ」
身支度をしながらの会話中にも、街の外で妖魔は荒れ狂っている。
ぼちぼち街も騒がしくなってきていた。
「あ~~~~先、越されちゃうよ~~」
相変わらず樹の上のマコが、今度は枝に足で逆様にぶら下がっていた。
「なんとも…あれで、悪酔いしないのか?」
「大丈夫」
トーティアムにキッカが太鼓判を押す。
街の冒険者や腕自慢が妖魔に立ち向かっていく姿が見える。
「敵じゃないわね」
カリュがさらりと辛辣な発言をする。
ざんっ!
樹上からマコが着地し、短剣と小さな試験管のようなガラス瓶を持った。
アランも剣を両手にしていた。
キッカが溜息をついて、杖を持ち直した。
「戦闘準備OKなわけだね」
トーティアムがカリュを見ると、彼女も大刀を抜き放っていた。
「行こうか」
彼のその言葉が合図だった。
一斉に駆け出すと、街の入り口近くで暴れている妖魔に一直線に向かっていった。
彼らの先に向かっていった冒険者連中は…妖魔の振り回す腕で、一撃で弾き飛ばされていた。
走りつつ呪文を紡ぎ、キッカが皆へ防護の魔法をかける。
指呼の間に妖魔を捕らえたとき、カリュがいきなり急ブレーキをかけた。
「!!」
カリュは振り向きざま、叫んだ。
「止まって!」
「わっ!」
アランが勢い余って、カリュの胸に抱きついた。
「なにぃ~~~??」
マコが止まれずに突っ込み、そのまま妖魔の股間を駆け抜けた。
「え?」
キッカはなんとか止まって、カリュを見る。
「来るっ!!」
トーティアムは背後に強烈な力を感じた。
ぐあぁぁぁぁ!!!
妖魔に矢が突き刺さった!
それは息継ぐまもなく、無数に飛来した。
ひたすら街に向かって前進していた妖魔の足が止まった。
「後は任せたわよ♪」
街門脇にそびえる望楼に、影があった。
「キッカ殿!」
トーティアムの声が響いた。
キッカからすかさず、重力魔法が発せられた。
妖魔の止まった足が、地面にめり込んだ。
「いっけぇぇぇぇ!!」
マコの左手から試験管が飛ぶ!
それは妖魔の身体で砕け、中の液体が皮膚の上で混ざり合った!
刹那、液体が爆発した。
「えいやっ!」
酔っているとは思えない身軽さで、マコは妖魔の頭上に飛び乗った!
次の瞬間、短剣を突き立てるや、一気にそこから跳躍し離脱。
アランの両手の剣が、爆発でひび割れた妖魔の皮膚を切り裂いた。
「これで終りね」
ドラゴングラブが妖魔の顔面に叩き込まれると、キラリと煌く大刀が繰り出された。
「俺の出番…なかったな」
トーティアムが苦笑いした。
ぱちぱちぱち…
拍手が5人に贈られた。
長い弓と肩から矢壷を提げた女性の半獣人が現れた。
踊り子のような敏捷そうな肢体、桃色のウェーブのかかった長めの髪、ぴんと尖った大き目の獣の耳。
ややつり気味の瞳はきらきらと濡れて輝いてる。
艶やかな口元は、カリュとはまた違った色気があった。
「お見事~~♪」
そういいながら近寄って、彼女は5人に微笑した。
「あたしは青の世界…って、この耳みればわかっちゃうね…ホタルって言うの、よろしくね♪」
ほんのり上気した紅い頬が、彼女もまた酔っていることを示していた。
【続】