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51 【挑戦②】

ー『扉』の向こう側ー



「んで?」

「なんだろうねぇ♪」


トーティアムとシンリィの前に広がる光景…

ホールの中、立錐の余地もないほどの人々が踊り狂う狂騒の真っ只中だった。

思わず振り返り、自分達が出てきた『扉』をまじまじと見入った。

鼓膜から脳全体を揺さぶる大音響。

心臓の鼓動を追い込み、これでもかと押し潰す急激なリズム。

ホールはぐるりと松明が灯され、炎が動揺し人々の影が波動する。

気づくと2人は壇上に立っている。


「狂信者集団…のようだなぁ!」


シンリィの耳元で彼がささやいた…というか、相当の大声を耳元で発してやっと聞こえる。


「そうみたいねぇ~!」


誰も彼も仮面をつけ、紫紺の長いケープで男も女も皆同じように全身を包んでいる。

やがて潮騒のように壇上に突如出現したトーティアムとシンリィへ視線が集まった。

音響もリズムも止み、彼等2人に向かってひざまずく。


「なんかと間違えられたかなぁ?」


シンリィがそれでも面白そうに人々を見下ろした。


「シンリィ…」

「うん」

「オディーン教だな」


今度は完全に小声で話し合う。

そこへ仮面とケープを捧げ持った女性が現れた。

2人は手渡させたそれを身につける。


「ともかく、早めに退散しよう」

「ちょっと待って…」

「なんだ?」

「この連中からプリシラ魔窟の情報仕入れるわ」

「危険だ」

「なんとかなるわよ」


再び鳴り出した大音響とリズムに乗って、シンリィは大胆にも群衆のなかに入って行く。

トーティアムはそのまま壇上の隅で、狂騒を眺めていた…


(魔窟の妖魔王復活を祈る狂信者集団……)


彼は醒めた目で見つめていた。


「降臨した使い魔様は踊らないの?」


気配もなく彼の横に女が立っていた。

勿論、仮面でその素顔は見えず、ケープで全身を包んでいる。

だが彼の首に女が腕を絡ませ、互いの息遣いを肌で感じる距離まで2人が密着したことで、女の体温と甘やかな体臭を感じた。


「俺は使い魔なのか?」

「違うのぉ?だとしたら、生きては帰れないわねぇ♪」

「そういうことにしておいたほうが無難…だな?」

「そぉ~ゆぅ~ことねぇ」

「で、君は?」

「他の人よりは、ちょっぴり冷静なだけよぉ」

「ほう…」

「あっちで、2人きりにならない?もう1人の使い魔さんは踊ってるしぃ♪」


チラとシンリィの姿を横目で確認し、彼は女の誘いに乗った。

ホール壁面にある階段を上がり、ガラス扉を開けると広いバルコニーになっていた。

夜の闇に赤い月が妖しくにじんでいる。

風はどこからかほのかな薫りを運び、彼の鼻腔をくすぐった。


(おいおい…)


彼はそっと腰のポーチからカプセルを出して口に含む。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


女はケープをはねて全身で彼に抱きついた。

身体に密着した紫紺の薄物一枚。

彼の胸に彼女の大きく実った乳房が弾力を感じさせながらも押し潰されていた。


「ちょっと待て」


彼は女の肩をつかんで引き剥がそうとした。

だが女の全身は彼に吸い付いているかのように、柔らかにぬくもりを伝え続ける。


「参ったな…」


女の髪から先ほどの薫りがする。


「使い魔さん」

「なんだ?」

「このまま…永久にひとつになるって言うのは如何?」


上目遣いに仮面の下の大きな瞳が彼の視線を捉える。


「やることがあるんでね…今は無理だ」

「それが終ったら?」

「どうするかな…」

「やめちゃったら?」

「できない相談…かな」


女の瞳が潤み、潰れた大きな胸の中で鼓動が熱い。


「ずっと、ずっと…ず~~っと前から貴方を知っている気がする…」

「俺もだ」

「嬉しい…」


彼女の唇がわずかにほころんだ。


「でも叶わない…夢…かな?」


肩の手が女の背に回る。


「心がけ次第…じゃないか?」

「どこまで行っても平行線」

「今…そしてこれからは、まだなにもわからないさ」

「そう?」

「ああ…」

「貴方を殺して…あたしだけの物にする…いいアイディアじゃない?」

「そのときは…君も息をしていないさ」


2人の視線が瞬間火となり、そして熱く絡み合い溶け合う。


「緑の宝玉…」

「手に入れたのか?」

「まぁ~だよ」

「で、取引か?」

「そんなところ…かな」


女の足が彼の両足の間に割り込み、2人の間には髪ひと筋ほどの隙間もなくなった。


「あのときも…あれから……貴方が悪いのよ」

「昔話だな…過去は、過去さ」

「運命?」

「ならば変えることもできる」

「……」


女の睫毛が震え、頬に涙がひつ粒…


「無理…ね」

「そうか……」


そっと女が彼から離れた。

無言で背を向け、彼をそこへ置き去りにしてホールへ戻ってゆく。

靴音は孤独な寂寥を彼の耳に残して、女の姿は狂騒に溶け去った…





ー白世界 岩戸最奥部ー



「どれくらい待つの?」

「戻ってくるまで、かな」

「カリュ~」

「なぁに?」


アランは、澄まして携帯食料をちぎって口に頬張る横顔にあきれかえる。


「キッカはどう?」

「ん…カリュの判断に任せる」

「もう…わかったわよ」


覚悟を決めて彼女はシンとそこに鎮座している『扉』に期待の眼差しを送った。

そこへピカリアが戻ってきた。


「待ってろってさ」


セヴィナもカリュと同じ判断をしたらしい。


「吹雪になったから、後でみんなここへ来るって」

「あ、そう」


遂にアランはその場に寝転がってしまった。




ーオディーン教祭祀場ー



夜の闇が全てを呑込み、ホールも先ほどまでの狂騒が嘘のように静まり返っていた。


「どうだった?」

「う~~ん…魔窟に関する限り、あんまり有益な情報はなかったなぁ」

「といいうことは他にはあったってことか?」

「そうねぇ…ないこともない、かな?」

「随分勿体つけるじゃないか?」


シンリィはウィンクをするとスタスタと歩き出した。

トーティアムは黙ってその後についてゆく。

祭祀場を抜け長い廊下に出る。

紫紺の絨毯と暗赤色の壁、明滅し不規則に揺れる火灯は視界を圧迫して息苦しい。


「宝物庫にある古地図があるんだって♪」

「ほう…」

「誰も読めないらしいんだけど、大世界図であることは間違いないらしいわ」


彼女は狂信者達から宝物庫の場所も聞き出していたようだ。

四つ角で一度方向を確認しただけで、迷わずそこに至った。

重い観音開きの扉には、妖魔らしき姿の彫り物がされていた。


「無用心だわね」


抵抗も無く、軋みもせず、シンリィのなすがままに滑る様に開いた。


「罠じゃないか?」

「ん~~~」


彼は腰に隠し持っていた霊笛銃を手にした。


「気配はないわ…」


小声でそういうと、彼女は中へ入った。

左右の廊下に人の気配が無いことを確認し、彼も中に忍び入った。



ぽぽぽっ…



宝物庫の火灯を点けると、彼女は一番奥に安置してある重厚な箱の前に立った。


「この中か?」

「らしいわ」


箱のふたを押し開けると、かすかに蝶番が軋んだ。


「なるほどな…」


中には数枚の絵と、巻物が数巻入っていた。


「絵は……『扉』崩壊以前の風景画ってところかな」


彼はそこに描かれた光景をじっと見た。

シンリィは手近の巻物を解き、その文面に視線を走らせた。


「どうだ?」

「見事に古代文字ね」

「読めるか?」

「ちょっと怪しい文字もあるけど、意訳はできそうよ」

「なら上出来だな」

「で、どうする?」

「絵は置いてゆこう」

「巻物…結構、量あるけど」

「だが、手がかりは多いに越したことはないだろ?」

「了解」

「ところでシンリィ」

「ん?」

「戻れるか?」

「任せなさいって♪」


彼女は得意気に胸をはった。


「?」


トーティアムも口元をほころばせたそのとき、ふわりと視界の隅をよぎる影…?


「どしたの?」


身構えて周囲の気配を探ったが、なにも感じない。


「気のせい…か」

「やだな…脅かさないでよ」

「すまん」


2人は宝物庫から抜け出し、シンリィが先にたって再び祭祀場へ歩き出した。


「!」


四つ角に出たときいきなり彼がくぐもった呻きを漏らした。

反射的に異常を感じて彼女が振り向くと、トーティアムの首に半透明で輪郭がほやけた何かが巻きついていた。


「!」


あやうく出そうになった叫びを呑込み、彼女はじっとその情景を視界に捉えていた。

トーティアムは身もだえし、腕を振り回す。

『何か』が振りほどかれ、彼は、ひゅっと喉を鳴らして呼吸した。


「走れ」


言うが早いか、彼はシンリィの手をしっかりと握って走り出した。

行く手に『何か』が壁から現れる。

彼は咄嗟に霊笛銃を発射する。

霊気の弾丸が『何か』に命中すると、それは床に消えた。


「なに?あれ?」

「たぶん霊体だと思う」

「実体じゃないの?」

「持ってないだろな」

「実体定着できないの?」

「無理っ!」


廊下のつきあたり、これを右へ曲がれば祭祀場へ一直線!

正面に再び霊体が現れた。


「うっ!」


霊笛銃で追い払う。

とそのとき、手を握っていたシンリィがつまずいた。


「大丈夫か?!」

「ごめん…」


と言いながら、彼女は足首に違和感を感じてそこを見た。


「いやぁぁぁぁぁっ!」


遂に悲鳴をあげてしまった…足首が床から生えた霊体の手でつかまれていたのだから、これは彼女に同情するとしよう…

霊笛銃の一撃でその手を振り解き、再び走り出す。

突き当たりで右折したとき、その目の隅に、あの紫紺のケープが数人で武器を持ってこちらへ来るのを認めた。


「やばい」

「早くいこぉ~~」


祭祀場へ駆け込んだ……


「わ…」


彼女が絶句した。


「参ったな……」


そこには彼らを、武器を持って歓迎する狂信者達が待っていた。

中から1人が進み出た。


「使い魔さんが泥棒するんだ♪」


ハスキーだが艶のある声は明らかに女性。

昨夜の女とは違うようだった。


「やはり罠だったのか…」

「その巻物…読めるの?」

「さて、どうだかな」


どうやら狂信者集団のリーダー格らしい。


「ここで解読していただけないかしら?」


彼女の言葉に、彼らを取り巻いていた狂信者がざわめいた。


「君は何者だ?仮面をとってくれないかな?」

「あら、わかってるくせに」


くすくすと忍び笑いをしつつ、彼女は仮面を外した。


「どうして君が…生きていたなら、何故知らせてくれなかった…それに何でこんなところにいるんだ?」


戸惑いと安堵がないまぜになった複雑な表情。


「妖魔王復活のために…」


その答えに目に怒りと疑念がよぎった。

やがて彼の口から吐息が漏れた。


「まぁいい…その辺はあとで聞かせてもらうよ」


女は口元に小さな笑みを作る。

トーティアムと女のやりとりを黙って聞いていたシンリィが、彼のわき腹を小突いた。


「誰?どっかで見たことが…」


彼は視線を女に留めたまま答えた。


「橙の軽騎士、ミーシャだよ」




【続】

意外な名前が出てきたぞ(笑)

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