05 【邂逅②】
「あ~あ…火属性妖魔に炎攻撃か…この世界に不慣れらしい…」
駅家からほど近い丘陵の頂から遠望している男がいた。
男は大きな荷物から、小さな筒を持ち出した。
「私が行く?」
男の傍らに浮き上がった影が、笑いを含んだ声で問いかけた。
「ちょっと援護してやれば、あの連中なら大丈夫だろ」
「そう?」
「と、思うけど…」
キッカとマコがアランを見た。
「妖魔の動きは止めた、けど…」
「どうする?」
「どうしよう…」
困り果てた表情の彼女は、ちらりと動きの止まった妖魔を見た。
キッカの水塊で炎を消されて動きは止まっているが、再び動き出したときは怒り狂って突進してくるだろう。
「ん?」
「どうしたの?」
「あの連中…水属性の攻撃パターンがないようだな」
一気呵成に攻めるべきときに、足が止まって顔を見合わせている三人が見えた。
苦笑気味に男は筒先を妖魔へ向けた。
「だとすると、貴方のその援護はあまり有効ではないように思うけど?」
「う~~ん、確かに…」
「来るよ」
キッカが再び呪を紡ぎだした。
「もいっかい飛ばすから!」
彼女が杖を振ると、水塊が今度は無数の短剣のように妖魔へ飛んだ。
「物理攻撃でやるっきゃない!!」
アランが走り出した。
「え~~い!どうとでもなれぇ~~~~!!!」
マコが続く!
「物理でゴリ押しか?」
「みたいね」
「カリュ、行こうか」
「はい」
男は荷物を肩に負って丘陵を駆け下りる。
カリュは大刀を無造作に下げ、男に続いた。
男は外套を跳ね上げ、呪文を紡ぎつつ、腰に下げた銃を引き抜いた。
「俺が撃ったら、胴を薙ぎ払え!」
ちらりとカリュを見て、男が目元で笑った。
「限がない…」
「もう…やだぁ!」
「マコ、ブルーポーション頂戴」
三度、彼女達は巨大妖魔に立ち向かい、体力はそろそろ限界に近づいていた。
すでに肩で荒く息を吐いている。
キッカの水塊攻撃で怯ませ、アランとマコが体力を殺いでゆく…
呪文が紡がれる。
精神を集中して呪文を紡ぐとき、キッカは無防備になる。
彼女を庇うようにアランとマコが妖魔の攻撃の盾になっていた。
呪文を唱えるキッカの声が不意に止まった。
「キッカ!」
「大丈夫?」
仰天したふたりに、彼女が言う。
「来る!」
次の瞬間、キッカよりひと回り小さい水塊が妖魔の背に刺さり、間髪入れずに発砲音が響いた。
「魔導士殿っ!」
男が叫ぶ。
「はい!」
早口に呪文を再開したキッカから、とびきり大きな水塊が妖魔を襲った。
ぐわぁぁぁ!!!
背後から胴を薙ぎ払われた巨大妖魔から悲鳴に近い咆哮が洩れた。
カリュの振るった大刀の刀身から、煌く水飛沫がほとばしる。
妖魔は背を割られ、悶え苦しんでいる。
「そこのふたりっ!とどめを刺せ!」
男の声に我に返ったアランとマコは反射的に走り、跳び、妖魔へ渾身の一撃を叩き込んだ!
断末魔の声もあげず……巨大な妖魔は細かい火の粉となって霧散した。
「終わり…ね」
カリュは…ちろりと赤い舌で刀身を舐め、艶やかな唇が小さく笑む。
「大丈夫かな?」
疲れ果てて尻もちついた二人を、男が覗き込んで微笑んだ。
「大丈夫…です」
アランが自嘲気味に笑った。
「はぁ~~い」
マコが片手をあげて、おどけたように応じた。
「ありがとう…」
キッカが歩み寄って、ぺこりと頭をさげた。
赤い月は地平線に沈み、青い太陽が昇る…
旅芸人の一座とアラン達3人、そして、前夜の巨大妖魔との戦いに助太刀してくれた男が駅屋を後にした。
「あの…」
「ん?」
キッカが男にささやいた。
「あの人は?」
「あ…う~ん…カリュのことかな?」
「たぶん…」
「さて、遠くには行っていないと思うけど?」
「姿が……」
「シャイなんだよ」
「は?」
「恥ずかしがり屋さんなんだ」
にっと笑いながら片目をつぶっておどける男に、キッカは面食らっている。
「誰が恥ずかしがり屋ですって?」
不意に2人の背後から、トゲトゲした声がする。
「「!」」
声にならない驚きで、キッカの目は見開かれていた。
男と彼女の間に、紫紺の外套ですっぽりと全身を隠し、フードを頭までかぶったカリュが割り込んだ。
「余計なこと言わないで」
「ははは♪」
「ど、どこに…」
「白魔導師様にもわからないところ」
カリュはちいさく笑みを口角に表した。
「もう直ぐ、オーネの街」
「ああ」
「どうするの?」
「さて、どうするかね…キッカ殿らはどうするのかな?」
キッカは急に話を振られて言葉を詰まらせた。
「え、あ、はい…」
男はキッカの持つ、特殊な形状の長い杖を視界の片隅にいれる。
「『世界を御する杖』…かな?」
「な、なぜそれを?」
「正解したみたいだよ、カリュ」
男は背後を振り向く。と、そこには既に彼女の姿はなかった。
「あの…」
「ん?」
「何故、知っているんですか?」
男は肩の荷物から皮袋を取り出した。
紐を解き、中のものをそっとキッカに見せた。
「あ!!!」
「オーネ着いたら、お互いにもっと話し合った方が良かないかな?」
こくこくとキッカは壊れた人形のように頷いた。
「何はなしてるんだろ…」
アランは一行の先頭集団で、マコと背後を振り返りつつ呟いた。
集団の最後尾にいる男と、何かしきりに話しているキッカは、2人にとってかなり珍奇な光景だった。
「珍しいよねぇ~」
「うん。とっても…」
「惚れたかな?」
「はぁ?うん、もお~…マコじゃあるまいし」
「だよねぇ~~」
「あの人、どういう人なんだろう…」
「ただ者じゃなさそうだねぇ~」
「それに、あの魔獣剣士…凄い腕だった…」
「えっとぉ~カリュって言ったっけ?」
「そうそう…」
と、その2人の会話に反応したのは座長のコウだった。
「おいおい…魔獣剣士のカリュだって?」
「昨夜、助けてくれた片割れよ」
「本当かい?」
「間違いはないと思うけど?」
「何か知ってるのぉ?」
「知ってるも何も……魔獣剣士カリュっていやぁ、この紫世界で伝説にすらなろうかっていう凄腕だよ!」
コウはやや興奮気味に語りだした。
「残虐非道。一刀両断。正確無比な太刀と膂力百人力ってわれるドラゴングラブが目印さ!」
「ってことは…悪者かなぁ?」
「う~~ん、そこんとこはちょっとね」
「どういうこと?」
「いろいろな噂や評判は立つんだけど、実際にカリュと行き逢った者はいないらしくてね…」
ひとりで興奮していた自分に気づき、どうやらコウは照れくさいらしい。
「で、どこにいるのかな?」
きょろきょろと見渡すが、それらしき姿は見えなかった。
「あ!!!」
唐突にキッカの驚愕の声と、こくこくと男に頷く姿が見えただけだった。
【続】
登場人物が増えてくると会話の表現難しいねぇ(笑)