41 【攻防③】
ー橙世界 ガルシアン高原シェルター跡ー
ほぼ円形の部屋にトーティアムとホタルは閉じ込められていた。
「どうなってるのぉ?」
何もないさして広くないこの部屋に仕掛けらしきものも見当たらない。
トーティアムは、あぐらをかいてじっと何かを考えている。
「どうもなってないさ」
「もぉ!」
彼の鼻先にふくれ顔をつきつけるホタル。
「ここのところ、ちょっと鈍くなったんじゃない?」
「俺か?」
「そうそう」
彼女はじっと彼の瞳のなかを探っている。
甘やかな彼女の呼吸がわかるほどの距離。
「出口…ないよね?」
「……」
「どっから入ってきたのかなぁ?」
「………」
彼もホタルの瞳を見続けている。
「なんか…言って」
瞳の中に弱く儚げな色がぽつんと落ちていた。
「大丈夫…だろう」
「なにが?」
「おそらくシェルター内には入っている」
「うん……」
「この部屋の役割が…少しわかって来たよ」
彼女の瞳に強い色がじわりと広がった。
「もうちょっと待ってれば…」
「待ってれば?」
「どっか開くと思う」
「?」
「エレベーターみたいなもんだ…と思う」
すとんと座りなおし、彼女は改めて部屋を見渡した。
何ひとつ彼の言葉を裏づけするものは発見できない。
「音も振動もないんですけどぉ…」
「重力すら…ね」
「?」
「下りてるのか上がっているのか…横滑りなんだか、さっぱりわからないが、間違いなく移動はしている」
確信めいた彼の言葉に、ホタルは安堵感を得た。
今のうちに腹ごしらえしようと携帯食料を胃に納めたふたり。
トーティアムが魔笛銃の銃身を装着したのを見て、彼女も弓と弦の点検を黙々と始めた。
いきなりぽっかりと口が開いた。
「到着らしいな」
彼は立ち上がりホタルの手をとった。
「ありがと」
「いえいえ」
彼の魔笛銃の銃身から霊気の刃が伸びた。
「そんなことも出来るんだぁ♪」
感嘆の声に彼は笑顔で応え、慎重に出口の向こう側へ足を踏み入れた。
「とりあえず大丈夫そうだ」
と顔を出した彼に続いて、ホタルも部屋から出て行った。
ー白世界 ゲンナン氷原ー
セヴィナを先頭に防寒具で真ん丸くなったアラン、シンリィとマウロは小雪の舞う氷原に降りた。
「動きにくいわ…」
アランが苦情を言うがセヴィナは真っ直ぐに集落を見ていた。
数人の住人らしきひとが、彼女らのもとへやってきた。
セヴィナが応対し、彼らは3人を集落へ伴った。
移動集落の住居は意外としっかりとした造りで、内部はうっすら汗ばむほど温かく広かった。
レディマ氷河の情報を仕入れ、温かい食事を振舞われ3人はほっとひと息ついた。
「ちょっと休んでて…」
「ん?」
セヴィナがその場をひとりで出て行こうとした。
「どこへ?」
他意なくその背へ声をかけたアランに、彼女は片手をあげるだけで無言で出て行った。
「セヴィナ……」
「ほっといたれや」
マウロが大人の器量でアランを制した。
「そだねぇ…ま、めったなことはないっしょ」
シンリィは我関せずで、ちびちび酒を舐めていた。
一軒の家の前でセヴィナは立ち尽くしていた。
(なんで…来たんだろ…)
彼女は自問した。
(雪と氷に閉ざされ、獲物を追いかけるだけの単調な毎日…)
あの日…
氷の女獣神ローレイに『世界を統べる杖』を託されたあの日…
彼女の奥底に眠っていた魔道師の才がはじけた。
(んで、家を黙って出てったんだよね…)
窓辺に身を寄せ中をうかがう。
温かな灯と老いた両親が、ひっそりとそこに平穏にいた。
(らしくないなぁ)
セヴィナは自嘲の笑みを唇ににじませて、窓に背を向けた。
暖炉に燃える炎は彼女を火照らせていた。
ひと時として同じ姿でいない炎に魅せられたように見入っていた。
「吹雪いて来たよぉ~」
シンリィの声が聞こえたが、アランはそのままじっと暖炉の炎を見ていた。
(マスター…トーティ……)
瞼を閉じた彼女に、2人の男の面影が交互に現れては消えていった。
パチパチ……
薪のはぜる音が心地よい。
やんわりと全身を心地よい眠気が支配する。
(こんなに落ち着いた時って…どれくらいぶりかな……)
故郷を離れ、マコやキッカと出会い、大世界を走り回った日々。
トーティアムと出会ってから、自分自身が追いつかないほどの急展開の連続。
(カーナ叔母様……)
祖母と思っていた…不老病と思っていた…それを治したい一心で家宝の赤華剣を持ち出した。
(それがこんなことに……)
修行の途上でマスターの元を離れてしまった…
が、カリュとの試合で未熟を悟った。
(それだけ…かな?)
彼女の胸にある想い。
自覚している部分もある。
トーティアムとカリュが2人でいる場面に出会うたびに感じる感情のざわめき…
(それどこじゃないのにね)
アランは今回もトーティアムと別行動になったことが口惜しい。
(頼りにはされてるん…だよね…)
身体が沈みこむ……
いつか彼女は夢の底へ身体を横たえていた。
「ええ夢みとるようや…」
ほのかな微笑みが、アランの心の安らぎを現していた。
(セヴィナ…帰ってきた)
シンリィは窓際でこちらへ歩いてくる姿を見ていた。
(ここが、ママンの故郷だったんだねぇ…)
長い付き合いの2人だった。
お互い出会う前のことは詳しく話さなかったが、彼女の屈託のある表情でシンリィはそのことを理解していた。
橙世界からの出発間際…
「セヴィナとシンリィのことだから、余計なお世話かもしれないが」
トーティアムはそう言いつつ、
「今度もセヴィナをフォローしてやってくれ」
とシンリィの耳元で囁いた声が蘇って来る。
(ホント、余計なお・せ・わ…)
吹雪の中のセヴィナの表情を見て、彼女は安心したように唇へグラスを運ぶ。
強いアルコールが喉を焼く。
その刺激を楽しむ。
(不思議な奴ね…)
暗闇に窓から漏れる灯と吹雪だけが見える。
吹きつける雪をみていると、吸い込まれそうな錯覚に囚われた。
(トーティ……)
酔いが全身に広がり、感覚がぼやけてくる。
部屋の扉が開き、セヴィナが帰ってきた。
「おかえり~♪」
そして…
「お休みぃ~……」
机につっぷして快い酔いに任せて彼女は眠りに落ちた。
「あらあら♪」
アランとシンリィに毛布をかけ、彼女がグラスに酒を注ぐ。
「飲むんか?」
「ダメ?」
「ま、ええやろ。この状況やったらミーシャへも戻れへんしな」
「連絡は?」
「ミーシャにか?」
「そうよ」
「アランがさっきやっとったし」
「うん…マウロも飲む?」
「酒精はいれへん」
「酒精?……そう」
それっきりセヴィナは穏やかな表情で窓の外の雪を見ながらグラスを傾けた。
マウロはセヴィナの膝に収まり丸まった。
(ありがと…ね)
彼女は誰にともなく温かな思いを伝えていた。
【続】