23 【前史⑨】
【大世界-独立-】
皇女ヒナの居室の扉があった。
衛兵を手刀で眠らせると、トーティアムは扉を開いた。
居室の寝台に皇女は横たわっていた。
微かな息遣いで胸が静かに上下していた。
「間に合ったか…」
彼は皇女を横抱きにすると、王室の地下へ向かった。
死闘は続く。
9対3でも拮抗した力の激突が続く…
「はぁはぁ…」
さすがの剣士カーナも肩で大きく息をし始めていた。
「やるやるぅ」
アプルの言葉は余裕だが、疲労は隠せない。
白魔導師の支援魔法が親衛隊の究極の武器だが、彼女の体力も、精神力も限界に達していた。
「ダピスマン」
「行ってくれ」
「よろしくね~」
モーリンが激闘から脱出する。
「あ!」
カズカが機敏にその後を慕った…
王宮の地下には代々の女王を葬った、巨大な棺の塔が安置されている。
「女王ラヴィ…皇女陛下をお救いください……」
トーティアムは塔の頂にある祭壇に向かう長い階段を、皇女を抱いたまま一歩一歩昇ってゆく。
「女王ラヴィ……」
彼は永遠とも思える、長い長い階段を踏み上がり続ける。
「ちっ!」
モーリンは地下の墓室のまえで立ち往生した。
代々の王家の結界に阻まれたのだ。
「!」
激痛が腰から胸に尽き抜けた。
「油断…したね」
カズカの持った細い剣がモーリンに深々と刺さっていた…
「ぐっ……」
が、そのカズカの唇も紅い血液を吐き出した。
逆手に持ったモーリンの刃がカズカの胸を刺し貫いていた。
「ここは…退くしかないようだ……」
モーリンの目が閉じられる。
(ダピスマン、アプル、退くぞ!)
彼の思念が仲間へ飛んだ。
戦線を突如離脱していったダピスマンとアプルを追う力は、彼女達には残っていなかった。
膝をつき、尻餅をつき、仰向けに大の字に倒れている…
「地下の墓室に行かなきゃ…」
カーナの言葉に同意するが、即座に動き出せるものはいなかった。
墓室の入口で開放の呪文を唱えると、カズカはその場から消え、墓室に現れた。
「トーティ……」
彼女の錬金術でも生命は購えない。
塔の建てられた神聖な泉まで、這って行くが…そこで彼女の力は尽きた。
遅れて入った8人は、泉のほとりで絶命しているカズカを発見した。
カーナ達はここへ来る途中、先にアプルに倒された白魔導師の亡骸と杖を伴っていた。
2人を泉に沈め、宝具と杖を持って8人は祭壇へ向かった。
トーティアムの祈りは、やがて9人の祈りになる。
それぞれがラヴィに授けられた宝具の珠が輝き、白魔導師が持つ2本の杖にある宝玉が優しい光を放つ。
祭壇の皇女ヒナの瞼が反応し、ゆっくりと目が見開かれた。
「皇女陛下…」
「トーティか…」
「良かった……」
「悪い、夢をみていたよう…」
「はい。長い悪い夢です」
「あの者らか…」
彼は皇女の問いに無言でうなずく。
「玉座へ戻ります。連れて行ってくれますね?」
「畏まりました」
身体を起こした皇女を彼は再び抱き上げると、塔が金色の輝きに包まれる。
次の瞬間、彼らは王宮の謁見の間に移動していた。
彼らを待っていたのは、各衛星代表の暗殺騒動だった。
「やられたっ!」
モーリンが撤退したのはカズカに手傷を負わされたから…と判断した甘さを悔やんだ。
王宮は上を下への大騒ぎで、統制が取れていない。
「貴様ら!何をしておるっ!」
筆頭大臣がトーティアムらに詰め寄った。
「私が呼びました…それよりこの事態の早期決着を!」
皇女が一喝すると彼はすごすごと引きさがった。
「私たちはモーリン一味を追います」
「トーティ、貴方はここに」
皇女ヒナの瞳が微妙に怯えを訴えている。
「トーティ、私もそれがいいと思う」
カーナが8人を代表して皇女の提案を支持した。
「わかった…気をつけてな」
カーナは主を失った2つの宝具と『世界を御する杖』を彼に渡す。
「まだ、王都からは出ていないだろう。殲滅するんだ」
「了解っ!」
8人がヒナに最敬礼すると、玉座を背に走り出した。
数日があっという間に過ぎ来たが、事態は坂道を転がり落ちるように最悪の結果へたどり着く。
初動の廷臣達の混乱した対応と暗殺の事実を隠蔽しようとする態度が、黒の使者の意図を助けたのだ。
皇女がその後、即座に各世界への使者を遣わしたが相手は既に態度を硬化させていた。
結果…紫世界ギエン市市長を代表に各世界が連合、王国からの離脱を宣言した。
「それはそれで仕方がないこと…なのかな?」
ヒナは微笑んでいた。
「守ろうとするから無理がある。これもひとつの選択肢かもしれません」
「そうね……家臣たちは各世界からの税収が滞ると王国が立ち行かないって言ってたけど、とどのつまり、自分たちが贅沢できないってことみたいだし」
彼女はころころと笑った。
「ははは…皇女陛下にそこまで言われちゃ、立つ瀬もないですね」
トーティアムも苦笑いを見せる。
「で、どう変るのかしら?」
「仕事が増えますが、あまり大きな変化はなかろうかと思います」
「そう?」
「廷臣方…まぁ筆頭大臣あたりが大騒ぎするかも…あ、もうしてますね?」
「うふふ…ちょっとは痩せるでしょ」
「ただ…」
「黒の使者……」
ヒナの危惧はトーティアムのそれでもある。
あれ以来地下に潜ったまま姿を現さない彼らは…全く油断できない。
「姿をくらましたまま、この世界から立ち去ってくれれば一番有り難いのですが…」
残った8人の元親衛隊から「元」が取れ、多くの部下を使って黒の使者の捜索にあたっていた。
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「今日はこの辺までにしておこうか」
トーティアムは話を止めた。
聞いていた誰もが、ほぅっと肩から力が抜け、笑みが表情に戻った。
「マウロ、静かだな?」
「静かやったらおかしい?」
「いや、別にそういうわけじゃない」
「せやったら、ほっといてんか」
「はいはい」
「返事は1回でよろし!」
「畏まりました」
そう言って大仰に頭を下げる彼の表情に苦渋がよぎった。
「ん?」
彼の表情に違和感を感じてきょとんとしたシンリィ。
「どしたのぉ?」
とホタル。
「ううん…たぶん、気のせい」
「ふぅ~~ん」
トーティアムは後は明日といって外へ出て行った。
【続】
この章はもうすぐ終わります…(笑)