18 【前史④】
【大世界-世界争乱前夜-】
-青世界 ヴォーグの街ー
街外れの老婆の店内に、セヴィナ、シンリィ、ホタル、キッカがいた。
老婆は円卓の向こう側に片膝立てて、椅子に座っていた。
「最後の女王ラヴィが崩御されたのは、未知の侵略者を撃退してから間もなくのことじゃった」
大世界創世からの物語を彼女らに語りはじめ、1ヶ月ほどがたっていた。
老婆は時折目の前にいる4人の表情を上目遣いに見た。
(さすがに選ばれた者たち…というところかい…)
彼女はゆっくりと続けた。
「名君であらせられた女王ラヴィの後継者は、皇女ヒナ様と申される」
「それって…」
「左様。世界争乱を引き起こした狂気の皇女じゃ」
セヴィナはさすがに年長者であり、キッカの家庭教師も勤めたこともあるだけに、比較的現在に近い歴史は知っていた。
「だがのぉ…即位当初からそうであったわけではないのじゃ」
シンリィ、ホタルは興味津々、キッカの表情はやや険しくなった。
「キッカ嬢ちゃんは、どうやらこの辺の話は知っておるようじゃな?」
無言でうなずくキッカ。
セヴィナがそっと肩を抱くと、キッカは少しだけ彼女へ寄り添った。
「皇女ヒナ様は、そりゃあ愛らしい方じゃった。そして、金色の勇者と10人のラヴィの親衛隊も献身的に仕えたそうじゃ」
老婆はぽつりと言葉を継いだ。
「じゃがの……」
「黒の使者……ですね?次に登場するのは?」
「そうじゃ」
セヴィナの問いに即答する老婆。
「皇女を支える家臣団は、そりゃあ賢い家臣が揃っておった。勿論、先王ラヴィの遺臣が中心じゃった」
「皇女はお幾つで即位されたんですか?」
「8歳と伝えられておる」
「では…」
「ふむ…どれだけ賢くとも幼きに過ぎた…」
セヴィナは老婆の言葉にうなずく。
「黒の使者っていつ出てくるのぉ?」
「うんうん」
シンリィ、ホタル姉妹の問いに
「おのしらは黙って聞いておれ!」
と老婆に一喝されてしまった。
「順番に話しておる。ったく、そういうところは成長しておらぬな」
ふと彼女はセヴィナを見た。
「トーティはまだ帰っては来んのか?」
「はい。音沙汰なしです」
セヴィナは苦笑を見せた。
嘆息すると老婆は再び話を戻す。
「10年もすれば、世情も変る、人も変る…賢臣も残念じゃが人の子、何人かが冥界へ旅立ち、そして残った者も平穏に馴れたのじゃ」
「当然新しい家臣も…出てくるよねぇ?」
「そうじゃ……皇女ヒナ様、即位10年目…祝典で大世界全体が沸き立っていたときじゃったと言う…」
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「トーティアム殿!」
赤の剣士のひとりが祝典警護で、皇女のかたわらにいた彼の許に駆け寄った。
「何事だ?」
彼が一歩下がって剣士の報告を聞いた。
「なんだと?船籍不明の漂流船だと?」
「はい。まったく今まで見たことのないものだそうです」
「で?」
「はい。青の闘士2人と白魔道師1名が兵士20名と、飛行ユニットで向かっています」
「まずはそんな対応だろうな…生存者などがいたら一番近い世界に降ろすんだ」
「…紫世界です。了解しました」
「祝典が済むまでは、静かにしておきたい。我らで出来るだけ対応する」
「皇女様には?」
「いらぬ心配はかけぬが良かろう」
「よろしいんですか?」
「筆頭大臣には報告しておくよ」
彼は心配そうな赤の剣士に笑顔を見せた。
それで安心したのか、彼女はその後の状況を確認するべくその場を去った。
「それで良い」
筆頭大臣はトーティアムの対応を良しとした。
「私から、しかるべきタイミングで皇女様の耳へ入れておく」
「はっ」
大臣はそういうと、その場を去っていった。
残されたトーティアムの胸の隅に不安の影が落ちたが、彼は祝典警護の忙しさにそれを見落とした。
漂流船に生存者が5名いた。
女性2人、男性3人。
大きな怪我や病気がないことを確認し、親衛隊の3人は紫世界のギエンに彼らを連行し、とりあえず行動監視をつけて軟禁した。
祝典がひと通り終ると大世界は平穏に戻った。
だが、王宮に激震がはしった。
トーティアムと10名の親衛隊が皇女に突然断罪された。
「随分、偉くなったのね」
ヒナの目は怒りに満ちていた。
「皇女陛下!」
「問答無用です。そなた達は確かにこの大世界を救った。その功績は何にも代え難い」
皇女は更に続ける。
「しかし今回のことは、貴方達の増長以外の何物でもないと断じ得ない」
トーティアムは自分の迂闊さに舌打ちしていた。
(筆頭大臣…はめられたか…)
「外来からの正体不明の来訪者を、私の承認も無く紫世界に降ろしただけではなく、尋問もせずに野放しにしておくとは…」
「それは…」
抗弁しかけた青の闘士の言葉は、筆頭大臣に遮られた。
「黙れっ!皇女陛下のお言葉を遮るなど許されんぞ!」
いきりたつ大臣を皇女は手で制する。
「トーティアム。私は残念です…ですが、貴方達の犯した罪は大きい」
皇女から激しさは消えていた。
言葉は小刻みに震えている。
「王宮から立ち去りなさい。もう貴方達の場所はここにありません」
「陛下!」
思わず叫ぶ橙戦士をトーティアムが抑える。
「仰せのままに…」
絞りだすようにそう答え、きつく唇を噛みその場を辞した。
「白魔導師殿」
その背を不意に皇女の声が追いかける。
びくりと反応した片方の白魔導師。
「そちは良い。このまま私を教導して欲しい」
トーティアムら9人の足が止まる。
白魔導師は彼らを全く無視して、くるりと踵を返した。
「仰せのままに」
彼女はそう言うと、再び玉座に向かった。
トーティアムは苦笑して、仲間を促しそのまま振り向かずに退出した……
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ぎゅっと手を握り…爪が食い込み血が滲んでいる。
キッカは真っ直ぐに老婆を見ていたが、その大きな勝気な瞳は……
きつく結んだ唇…そして全身が震えている。
セヴィナは抱いている腕に力を込めた。
二度三度、キッカが想いを振り切るように首を振ると瞳から涙の粒がきらきらと飛散する。
「ちょっと休もうか…」
老婆も疲れた表情で、円卓上の水で喉を潤し瞑目した。
【続】
もう少しお付き合いください<(_ _)>