17 【前史③】
【大世界-第二期-】
-赤世界 ダミエ山脈-
気が霊力に昇華して、全身からオーラとなって朧に揺れる…
アランが両手の剣を持って立っている。
目前に荒れ狂うモンスターがいる。
さかんに彼女を威嚇する咆哮をあげている。
ふわりと自然に立つその姿…
瞳は静かに澄んでいる。
艶のある唇は閉じられているが、口角はかすかに微笑んですらいる。
呼吸は心音と共鳴する…
両手に剣を持っているが、微塵も殺気が感じられない。
気負いもなく、ためらいもなく、迷いもない……
ただ、そこにアランはいた。
「六覇聖奥義…」
彼女の口唇が小さく、静かに、囁くように動く。
霊気が動く。
両の剣が、ゆっくりと動いた…
いや、彼女がそう思っているだけで、おそらく第三者の目には何事が起ったかさえわからない。
天然自然の音が…一瞬消えた。
彼女の前にあった巨大なモンスターが、己が斬られた事すら認識できぬ間に…霧消した。
ふっ…
形の良い彼女の唇の間から、吐息がもれた。
「うむ」
ブレイドマスターがその姿に、満足げに頷いた。
「早かったな…さすが、と言っておくかな」
微笑みを浮かべてそう言う彼。
「はっ!」
アランに近寄り、間合いに入った刹那、彼は抜き打ちに剣を鞘走らせた!
きらりと刀身が日の光に煌く。
確かに必殺の間合いでの一撃だった…
が、そこにアランはいない。
剣は空を突いて、虚しく流れた。
「!」
振り向こうとする彼の目前に、背後から刀身が突き出されていた。
「さすがだ」
「いえいえ」
「もう、教えることはなにもない」
「ありがとうございます」
キャンプに戻った2人を、食料を持ってきたマコが待っていた。
「どうしたの?」
マコの表情は険しいというか、どこか虚ろというか…機敏ないつもの彼女とは…明らかに違っていた。
「なになに?」
「う…んと」
マスターが食料を物色して、料理を始めた。
食事の間も、マウロがちょっかいだしても、マコはぼーっとしている。
が、マスターは彼女の瞳の中に、必死に何事かの答えをだそうともがいている姿をみた。
アランはマスターとマコを交互に見た。
マウロが彼女の肩に乗った。
「食事が終ったら、行こうか…」
「?」
「!」
マスターの言葉にぎくりと反応したマコに、アランが険しい目を向けた。
「何があったの?」
「ん…」
言葉を濁すマコを救うように、彼はアランを制した。
キャンプを片付けた彼らは、一旦ゴフク村へ戻った。
既に日は傾き、夜の冷気が山に囲まれた村を蔽っている。
「明日、朝早くにするか?」
「早い方がよくないですか?」
「うむ…朝でも夜でも変らないか…」
こくりと頷くマコ。
村の温泉にゆったりと浸かり、ほわほわしたアランが戻ってくると、否応なく彼女を連れて遺跡へ向かった。
「も~~折角、あったまったのに、湯冷めしちゃうよ~~」
アランが抗議の声を挙げたが、まったく反応しない2人。
というよりも、彼らのただならない様子に気圧されて、アランも仕方なく黙って後をついて歩いた。
遺跡に入り込む。
例の巨大な扉に開いた穴をみて、マスターが苦笑する。
彼は扉の片側にある球形の飾りに手をかざした。
扉が開く。
「ありゃ…」
「ははは。そういう仕組みだよ」
「は~~い」
中に入ると、マスターはアランを模様の書いてある床の中央に立たせた。
例の映像が彼女の視界いっぱいに広がる…
マスターとマコは、部屋にある椅子に腰かけて…待った。
「あ、と……」
盛大に戸惑った表情のアランに、マスターが椅子を勧めた。
マコがそっと持参した水筒を渡した。
「んぐんぐ……」
よっぽど喉が渇いたのか、彼女は一気に水筒の中身を咽喉に流し込む。
「これって…」
「おそらく事実だろう…この世界の創世の物語と思われる」
マスターがつとめて軽く、そう言った。
「続き、見る?」
マコがアランから水筒を受け取りながら、心配そうに尋ねた。
「まだ、あるの?」
「え~~~~っと……」
「ああ。長い長い歴史が綴られているよ」
「まいったなぁ……」
マウロがアランを慰めるように、頬を寄せた。
「大丈夫だよ。ありがとね」
マウロの頭を撫でながら、しばらく思案している。
「うん。見る」
ようやくアランがそう答える。
彼女の瞳は、静かに燃えていた。
「半年の修行は無駄ではなかったな」
マスターは満足そうに笑顔を見せた。
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緑色惑星と5つの衛星は、一部の狂信的急進者によって多大な被害を受けた。
人口は扉崩壊前の1割までに一気に減った。
だが、各衛星の『扉』は破壊されていたため、緑色惑星…王宮とは隔絶されてしまった。
鉱物性生命体を輸送手段にするが、明らかにそれの数が少なく、衛星それぞれが自力で復興するしか手がなかった。
そして、影響はそれだけではなかった。
白、青の衛星には動物が異常成長、突然変異を起こしてモンスターとなる。
紫色衛星では、動物や植物が自立活動を始め、更に人と動物が融合した妖魔と化した。
赤、橙の衛星は人そのものが狂気と異変とで鬼となり、地表を徘徊するに至る。
破壊されつくした文明の復興。
ヒト以外のものの出現。
世界が大きく変質していった。
それでも人は逞しく生きた。
そして、自分達を襲うものから身を護るために集団となり、文明の再構築が始まった。
緑色惑星の王宮は…女王が代々その地位を受け継いだ……
そして、大世界に住む誰もが知っている伝説的な戦いが迫る。
最後の女王と呼ばれるラヴィ女王。
彼女は王国の再編を推し進めた。
10歳で即位すると、個別に復興する衛星を再び王国へ編入する。
それは変異生命体(モンスター、妖魔、鬼)討伐組織を編成し、それらを駆逐することで安寧を保証することで成し得た。
王国を大世界と呼称し、それぞれの衛星の基本的自治権を各世界と認める。
世界ごとの特殊技能の更なる進歩を奨励し、促進する。
いつしか彼女直属の親衛隊が組織された。
各世界から2人ずつが選び出された。
彼らは女王自らが念をこめた宝具を身につけ、5人ずつで交互に常に女王の身辺を護った。
それは突然現れた『扉』から大世界に侵入してきた。
圧倒的な物量と先進的な科学兵器の前に、王国軍は撃破される。
敵は一直線に王宮のある緑色惑星に乗り込んできた。
「女王陛下!」
親衛隊の10名が揃って彼女の前にいた。
「敵が現れて5日…しかし、もうこの地に下りてきております」
「我らが出ます」
勇躍、彼らは王国軍を率いて出撃した…が、敵の兵器の前になす術もなく破れた。
だが、親衛隊の10人は踏みとどまる。
少人数でのゲリラ戦を展開し敵部隊を各個撃破してゆく。
だが厚い陣形に阻まれ敵司令艦へ迫ることすらできなかった。
一方敵軍も、驚異的な親衛隊の戦闘力に辟易し始めていた。
「トーティアム」
司令官がひとりの仕官を呼んだ。
「貴様の突撃白兵部隊で、あの連中を片付けられるか?」
「苦戦は強いられるかと…」
「だが負けるとは言わんのだな?」
「はっ!おそらくは…」
「ふむ…」
司令官は組んだ手の甲に顎を乗せ、しばし瞑目する。
「よろしい。貴様に賭けよう」
「はっ!」
「貴様が負ければ、撤退だ」
「!」
「領主様も面倒は避けたいだろうしな。これ以上事態が紛糾するのであれば、この星域は放棄するのもいた仕方なかろう…責めは俺が持つ」
「責任重大です…な」
「そうだ」
にやりと皮肉な笑みを片頬に表し、仕官はその場を辞した。
仕官トーティアムと彼の突撃白兵部隊は、女王親衛隊と激突する。
何度目かの戦いで徐々に数を減らしてゆく白兵部隊。
遂に親衛隊の巧妙な戦術に白兵部隊は、指揮官を残し全滅するに至った。
「観念しなさい」
親衛隊の10人は…全員が女性だった。
「参ったよ」
指揮官トーティアムは両手を挙げて、降参した。
そのときだった!
白兵部隊が負けたときは撤退するといっていた、敵主力が一斉攻撃を王宮へ浴びせた!
まさに夜が明けようとするときだった。
「な!」
彼は司令官の意図を知った。
彼にうるさい親衛隊の相手をさせ、彼らが勝てば良し、負けたときは、間髪おかずにその油断を突いて一斉攻撃を仕掛ける…
「最初から…餌か」
自嘲の笑みを刻んだ彼を、夜明けの金色の太陽がその煌きで包んだ。
どん!
異様な衝撃を受けた。
彼の右腕にあった金環に、輝く宝珠が埋まっていた。
親衛隊の宝具についた珠玉が光った。
トーティアムの腕輪の珠玉の光が、10名の珠玉の光りと交わる。
2人の白魔導師の杖が輝く。
自然と彼の身体が、言葉がほとばしる。
「行くぞっ!」
なんの疑いもなく、トーティアムに続く10人の親衛隊。
彼らの身体は光に包まれ、そのまま宙を飛び、司令艦のディフェンスを突き破った。
あっという間の出来事だった。
敵は散りじりに撤退していった……
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「トーティアム!!」
「うん」
聞き知った名前がいきなり耳に飛び込んできて、アランの目は見開かれた。
マコが複雑な顔をしていた。
「この先は?」
「いや、これで終わりだよ」
「肝心なのはこっからじゃない…」
アランはマスターとマコを不満げに見たが、2人は小さく首を振った。
「あの人…何者なの……」
「さぁ~ねぇ~~…もともと正体不明だしぃ」
「そりゃそうだけど…」
3人は三様の思いを胸に、遺跡を後にした。
「!」
アランが突然、剣を抜き飛んだ!
マスター、マコも左右へ飛んだ。
地に鋭利な刃を仕込んだ手裏剣が数本突き立った!
「ぐっ!」
くぐもった声はマスターのものだった。
「師匠!!」
そのとき彼女は更に飛来する手裏剣を撃ち払い、投げた敵に向かっていた。
「いいの?死ぬわよ?」
敵は揶揄するようにアランに言葉を投げた。
「!」
敵はその場から離れていった。
彼女はマスターの許へ走った。
マコがマスターの傷口に薬を塗りこみ、液薬を口に流し込んでいた。
が、彼の鼓動は小さく切れ切れになり……止まった。
「わぁぁぁぁぁっ!!!!!」
アランの悲痛な嘆きが、山脈にこだました。
【続】
人死にはしんどいね…