16 【前史②】
【大世界-第一期成長-】
-青世界 ヴォーグの街 旅宿-
夜の闇が青世界を支配し、静寂が全てを飲み込む。
「信じる信じない…ではなく、これが真実なんだ…」
トーティアムは以前に紫世界の遺跡で見た、あの映像を思い出していた。
カリュと出合ったばかりの頃、2人は紫の宝珠と宝玉を捜し、その手がかりを得た。
無謀にも2人でプリシラ魔窟へ足を踏み入れ、瀕死のカリュを連れて命からがら魔窟から脱出するときに迷い込んだ遺跡…
そこで見たもの……
単なる新米召還師にしてトレジャーハンターを自称していたトーティアム。
狂気の魔獣剣士カリュ。
彼と彼女が興味や欲得や自己の目的のためではなく、宝珠と宝玉を捜す決意をしたのもここだった。
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大世界の中心にある緑世界には、多くの人と発達した機械文明があった。
そして何代目かの領主は、大気のなかった五つの衛星を改造し、生命を移植した。
だが金色の衛星は適合しなかったのか、遂にここに大気は生まれなかった。
領主は小型の人工的な『扉』を、それぞれの中心都市に置いた。
これによって、緑の惑星と五つの衛星を人が行き来することが可能になり、それぞれにいくつもの街が出来てゆく。
…そこに不思議が生まれた。
白色衛星の民の一部に、様々の呪術的な才能を持つものが生まれた。
赤色衛星の民は戦闘術に才能を持ち、橙色衛星の民は優秀な頭脳を昇華させ、錬金術を生み出した。
青色衛星の民は緑色惑星や他の衛星とはまったく違う進化をし、紫色衛星の民は……機械文明を持つに至る。
長い年月のなかで、母星である緑色惑星には宗教的な色彩の濃い、支配層がそこに集まりだす。
その中で『扉』を使えるのは、支配層と一部の特権階級に限られ、衛星の民を次第に抑圧するようになって行く…
一方で鉱物性生命体を巨大に生育させることに成功した衛星の民は、各衛星間を自由に行き来しだした。
領主は黙って見ていた…
星域を支配しているとはいえ、それは空間だけのもの。
地上の雑事は地上の者どもが解決すべきものとしか、認識していない。
ある意味、この星域がどうなって行くのかを楽しんでいたのかもしれない。
それほど連邦帝国は、永きにわたって大きな波風がたたなかったともいえる。
大世界にとって幸運だったのか…不運だったのか…
領主が唐突に大世界を放棄した。
「星間戦争?!」
領主は帝国統帥府からの報に愕然とした。
「はい。ハクガ扉とソウコン扉が奪取されたそうです」
「ハクガとソウコン……まずいな」
「ええ…この勢いですと、敵がオウハン扉まで来るまでそう間がありません…」
「となると、ここは孤立しかねないな」
「その通りです」
「統帥府は何といってる?」
「撤収を勧告してきています」
「当然だな」
「如何いたしましょう?」
「聞くまでもないな。急ぎ帝国領へ戻る」
空間にあった領主の居住する巨大な宇宙船は扉を越えて行き、扉そのものが…消滅した。
領主亡き後、更に長い時を重ね、緑色惑星は星域全体を一個の支配域とし王国を形成するに至る。
そして緑色惑星の進歩は尋常ではない速度で進んで行く。
やがてそれは、単に機械文明以上の一種神秘的なものへと変化を遂げる。
自己中心的なその進化と変化は、衛星に住む者たちと隔絶されたものだった。
つまり、緑色惑星人だけが同じ星域に住む他の衛星人をその場へ置き去りにしたものであったのだ。
が、急速な…あまりにも急激に過ぎる進化と変化は、惑星人そのものまでも犠牲にしはじめる。
「女王陛下……」
緑色惑星首都の王宮。
玉座に座る女王。
その家臣達…
「よろしいではありませぬか。衛星の愚民など我らに尽くすためにこそ存在するのですから」
不自然に額の張った小男が、尊大な言葉を吐いた。
「置いて行けと…言うのですか?」
女王は冷徹な視線を小男に投げた。
「左様。愚民どもは我らと同じ場所には立てぬのです」
「……」
「俗世のことは愚民どもが、地に這っておる者どもに任せるのです」
小男…家臣序列1位のこの男は更に言い募った。
「王家と我ら支配階級は、いにしえの領主と同じように遥か高みから俗世を見下ろせばよいのです」
「そのようなことが本当に出来ようか?」
「今だから出来るのです」
「……」
「この母星と各衛星都市の『扉』を閉じ、我らのみで一段高い次元へ昇るのです」
女王は目を閉じ、思案する。
それはこれまで何十回、何百回と繰り返した思案であった。
「御決断を!」
小男が女王の採決を迫る。
しかし女王は…これまで何十回も何百回も繰り返したように…頷きはしなかった。
「……女王陛下」
だが、小男は諦めなかった。
女王が決断しないなら、強行して既成事実を作り、事後承諾を得る。
急進的な彼の支持者を集め……実行に移した。
手始めに衛星各都市の『扉』を破壊した。
王宮にある『扉』を破壊する寸前に、女王は暴挙と責めた。
急進派はそれでも止まらなかった。
女王の力はその勢いを止め得なかった。
ゆえに……
人工的に宇宙空間に『扉』を作り、惑星ごと別次元へ…彼らの言う『高き次元』へ…という暴挙が実行に移され…
星域…大世界に文字通りの激震が起こった。
『扉』は不完全で一度は姿を現したが…自壊する。
自壊は『扉』だけでは留まらず、この次元も別次元も巻き込んだ。
緑色惑星だけではなく、各衛星上に天変地異が起る。
王国は一夜にして荒廃した星域に成り果てた……
多くの命、文明を破壊し呑み込んだ。
万一のために各所に作られた防御施設が、わずかの命と星域の歴史とをかろうじて護った。
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「何を考えているの?」
鎧を取り外し平服になっているカリュが、考え込んでいたトーティアムに声をかけた。
「いや……」
「先は長いわ」
「ああ」
「でも時間がない…」
「そうだ」
彼は自分の手が小刻みに震えていることに気付き、彼女に見えないように向きを変えた。
「怖い?」
「ばれてるか」
「ふふ…」
彼女は彼の震える手を、自分の手で包んだ。
彼女の唇が、トーティアムの耳元に囁く。
その囁きに、彼は応えた。
囁きあった言葉も……
時を刻む規則的な音すらも、闇と静寂の底へ没していった……
【続】
重い…