13 【迷宮①】
「やれやれね」
セヴィナは、うんっと背伸びをした。
「ちょっとは手伝ってよね!」
シンリィがセヴィナをちらとにらんだ。
「貴女とホタルちゃんで充分じゃないww」
「あう~~~~」
「それって喜んでいいのかな…」
複雑な表情でホタルはセヴィナを見る。
分岐でトーティアム達と分かれたセヴィナ、シンリィ、ホタルの3人はだらだら坂を下っていた。
行く手に立ちふさがり、退路を断つように現れるモンスターをシンリィ、ホタルの2人が難なく屠っている。
彼女は持っている杖を、爪でこつこつとリズミカルに鳴らしている。
シンリィ、ホタルがモンスターの殺気を感じた瞬間、セヴィナは杖でゆっくりと宙に円を描いた。
杖の先がふわりと発光する。
ホタルが矢をつがえた時、にこりと微笑んだセヴィナが杖を振った。
ふぉん…
淡い光を発した球体がいくつも宙に生まれた。
「?」
矢を放とうとしたホタルを、シンリィが目で制した。
再びホタルがセヴィナを見ると、彼女は左の人差し指をあごに当てていた。
「あたし達は休憩~~」
シンリィはそう言うと、その場に腰を下ろす。
「まったく…しょうがないわね」
苦笑いを口元に見せたセヴィナは、ふっと吐息を紅の口唇の隙間から漏らした。
顎の指が吐息を乗せ、突進してくるモンスターを指す。
発光球体が指弾されたモンスターへ跳び、弾けた!
「あっ!」
次の瞬間、ホタルはモンスターが粉々に砕け散って行く姿を見た。
次々と…モンスター達はなす術もなく砕け散る。
そして静寂がもどった。
どれだけ歩いたのか…終りのないシンリィの話…
実の姉であるが、ホタルは彼女に見えないように小さく嘆息した。
坂の終点らしき場所は広い荒地に薄い霜…高くそびえ立つ壁が視界一杯に現れた。
「あっちゃ~~」
シンリィは手をかざして、壁を見上げた。
「どうするぅ?」
「どっかに先へ進む入り口ないかなぁ?」
シンリィとホタルは壁に沿って、てくてくと歩いた。
セヴィナは歩き出した彼女達を見送った。
(ふ~~~ん…なにか謎があるかな?)
彼女は注意深く視線を周囲に投げる。
壁はまったく凹凸がない。
ほぼ垂直にそびえ立っており、どこから始まってどこで終るのか、両端は果てしなく続いている。
等間隔に灯の点いた灯篭が立っている。
(あれかな?)
彼女は手近の灯篭に近寄り、丹念に調べだした。
カタン…
灯篭の中ほどが口をあけた。
(ふむ…)
彼女は既に遠くまで行ってしまった2人を呼び戻した。
3人はセヴィナが調べた灯篭の中にあった、錆びついたレバーを見た。
不意にホタルがレバーを手前に倒した。
「うわ!」
シンリィとセヴィナが仰天した。
と、壁の一部が震動と伴にせり出してきた。
「もぅ!考え無しなんだから~~」
姉の抗議にどこ吹く風、得意げに
「でも、オッケ~でしょ?」
だが、そこで終った…
単に壁の一部がせり出しただけだった。
「これは…罠っぽいわね」
苦笑しながら他の灯篭を見渡す。
「他のも探して」
セヴィナの声にシンリィとホタルが他の灯篭を探る。
「あった~~」
「こっちもありましたよ~」
・
・
・
・
これで何回目の挑戦だろうか…レバーで壁の仕掛けを動かすことで、入り口が現れるらしいところまでは判ったが…
レバーの発見された8つの灯篭。
正しい組み合わせがわかれば、いいのだが…
セヴィナが地面に組み合わせを書きながら、レバーを動かす係りのシンリィ、ホタルの姉妹へ指示を出した。
「つかれたぁ~~~」
シンリィが座り込んだ。
既にホタルはばったりと倒れている。
「組み合わせは全部終ったはずなんだけどな…」
厳しい目でセヴィナは元の姿に戻っている壁を見た。
「1回ずつでないとすると、無限に組み合わせが……」
むくりと身体を持ち上げたホタルはげんなりして言った。
「罠……ね」
セヴィナは再びじっと壁を見た。
そして地面の組み合わせ表を見る。
「ラスト行ってみようか?」
「ラスト?」
「そ。これでダメなら、もどってトーティに合流しましょう」
「どうして?」
「時間の無駄」
「ママンらしい選択だわ」
シンリィは納得顔で、立ち上がった。
「ストップ!!」
7つ目までを動かしたとき、セヴィナが叫んだ。
彼女はせり出し、凹んだ壁に歩み寄った。
しばらくそこここを覗き込んだり、叩いたりしていた。
「みぃ~~っけ♪」
彼女は壁の仕掛けに隠されていたスイッチを発見した。
「大丈夫?それがそもそも罠ってことないかな?」
シンリィが心配そうにセヴィナに問いかけた。
「あるかもね…」
彼女は防御魔法を展開し、スイッチへ指を乗せた。
ごくりとシンリィ、ホタルが生唾を飲んだ…
「いくよ!」
一度大きく腕をあげ、勢いよくスイッチを……
「ちょっと待ってね」
さすがのセヴィナも、躊躇するものがあるらしい。
防御魔法を今一度展開しなおす。
「えいっ!!」
シンリィとホタルは思わず目を閉じる!
………
「あ、れ?」
何の変った気配も感じない。
2人が閉じた目をおそるおそる開けると、天を見上げるセヴィナがいた。
「え?え?」
ホタルの頭のまわりに?が無数に現れた。
「あ~~~~ママン、またぁ?」
シンリィがびしっと指差すと、セヴィナはボタンを押したふりをしてぺろりと舌をだした。
と、唐突にホタルがセヴィナを押しのけると、2人が止める間もなく
「ぽちっとな♪」
スイッチを押した。
ぐわん
ずずぅぅん
壁の仕掛けが複雑に動きだした。
ホタルは……セヴィナの背後にいた。
「ホタル…あなたねぇ…」
姉はあきれた目で妹を見る。
そうしている間に、壁の仕掛けの動きが止まった。
「はいはい。姉妹喧嘩は終りね~~」
見ると壁が……
「ねぇ…これって…」
言いつつシンリィは、くるりと回れ右をした。
「トーティアムさんと合流しましょう」
しれっと言い切ってホタルがならう。
「あなた達って…」
そう言うセヴィナ自身は、はるか後方の坂の中ほどにいた。
ずぅぅん
「!」
ずぅぅん
「来た?」
「かな?」
「って、来てるでしょ?」
「来てるね~~~」
「撤収よね?」
「戦術的てったーい!」
脱兎の如く、2人もセヴィナの所まで走った!
振り向く。
そこには、壁が…いや壁が変形した巨人が、ゆっくりと3人へ向かって前進している。
セヴィナが杖をかざし、遅速魔法を巨人へ放った。
「さぁ、今のうちに!」
と、姉妹を促し坂を上ろうとしたその視界一杯に…
「が~~け~~~~~~~!!!!!」
シンリィが悲鳴をあげた。
すっぱりと気持ちよく坂道は中途でなくなっていた。
元来た道は遠く霧の向こうに……
ずぅぅん
ずぅぅん
それこそ、果てない壁が集結してできた巨人は……腰から上は霧に隠れている。
「あと何歩くらいかな?」
「えと…3歩か4歩…じゃないかなぁ?」
「漫才してんじゃないのよ!」
姉妹をそのままに、セヴィナは今度は巨人に向かって駆け出した!
「わっ!待って~~~!!!」
確かに巨大だが…
セヴィナの遅速魔法で、ただでさえ緩慢な動きが更に遅くなっている。
彼女はその巨人の股間を難なく潜り抜けた。
続く姉妹。
気付いて方向転換する巨人。
「なるほどぉ~~」
セヴィナは呪文を紡ぐ。
「なにする気?」
「速度魔法かけるの」
「な、なんでぇ~~??」
「まぁ見てなさい」
杖を振り、速度魔法を巨人へかける。
更に防御魔法を自分達へ展開すると、セヴィナが叫んだ!
「ばらばらに走って!出来るだけ距離をおいて!」
走り出す。
「まっすぐはだめよ~~!ジグザクにね~~!!!!」
シンリィ、ホタルも左右に分かれて走り出した。
速度魔法のかかった巨人が迷うようにうろうろしながら、3人を追う。
「巨人の周りを回って~~!!!!」
ばらばらになっていた3人が、思い思いに巨人の周囲を走る!
「ホタル~~~!当たんなくていいから、顔のあるあたりに矢を撃って!!」
「はい~~」
走りながら、上方へ矢を放つホタル。
一箇所に止まってぐるぐると3人を追いかける巨人。
「シンリィ~~~!!足に鎌~~」
シンリィの武器は鎌と短剣が特殊ワイヤーで繋がっている。
彼女は言われるままに鎌を投げる。
大きく歪曲した鎌が巨人の足首に絡む。
セヴィナが走りながら、鎌のからんだのと反対の足に、例の光弾を放った。
ぐらり
ただでさえ、巨大な身体で緩慢なはずの自分の動きが速くなっている上に、矢がとんできてうるさい状態。
しかも目標は自分の周りをぐるぐる走り回り、捕捉することがままならない。
そこへ片足に鎌が絡み、逆の足に光弾が炸裂したのだ。
バランスを崩した巨人は、立ち直れずにそのまま…
ずずぅ~~~~~~~ん
見事に転倒した。
「目線が一緒になったわね♪」
セヴィナは艶然と微笑む。
鎌を手元に引き戻したシンリィが、一直線に巨人の頭へ走った。
ホタルが弓を満月に引き絞った。
セヴィナの杖がホタルに向けられると、ぎりぎりまで引かれた矢が、ぼうっと光を発した。
「やっ!!」
瞬発の気合と伴に矢が放たれ、巨人の眉間に命中した!
ぴしぃっ
巨人の額に亀裂が走る。
「せいやっ!!」
鎌を目一杯振りかぶり、シンリィの全身の体重を乗せた刃がその亀裂に突き刺さる。
「お眠りなさい♪」
セヴィナがゆっくりと巨人へ近寄りながら、杖を振った。
巨人はざらざらと砂となった。
壁のなくなったそこは、だだっ広い白い荒野だった。
びっしりと敷かれた白い霜の絨毯が…
彼女達の立つ場所のすぐ近くに、ぽっかりと大きな黒い口が開いた。
「ここから下へ…みたいね」
セヴィナは小さく嘆息した。
2人を見ると…
肩を寄せ合って、疲れ切って座り込んだまま眠っていた。
「はいはい…ここでちょっと休んで行こうね」
彼女も足を投げ出して座った。
【続】
底知れないセヴィナ姐さん♪