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01 【序章】

長い長い物語。

荒涼としたその大地に、小さな…米粒のような影がうごめく。

橙色の太陽が容赦なく照りつけ、黄土が熱風に巻き上がっていた。


米粒のような影は、遅々とした歩を進める人のもの。


土にまみれ薄汚れた外套。

全身をすっぽりと太陽光から隠すつばの広い帽子。


右手で帽子のつばを押さえ、左手で引きずっている荷物から伸びた綱を握っている。


ひとつめの太陽が翳る頃、飽きず歩を進めた結果があった。

小さな泉と、いくばくかの樹木がそこにあった。


「ふぅ…」


そのまま泉へ向かい、岸辺で荷物を置き去りにすると、ずぶずぶと腰まで水に浸かるまで歩を進めた。


「どうやら生き残ったみたいだな…」


帽子を脱ぐと水につけ、すくい取るとそのまま再びかぶり直す。


ざぁあ


と頭から水が全身を流れ落ちる。

気持ち良さそうに目を細め、地平線にある真っ赤な月を視界にとらえた。


泉から岸へ戻り、引きずってきた大きな荷物を抱え込んだ。


熱風は急速に冷気へと変わっている。


「まったく…気まぐれだな」


そこらの枝を急いでかき集め、火を点し腰を下ろした。


帽子を再び取ると、泉の水で汚れを流された黒髪が小さくなびいた。

腰のナイフを抜き、顎の無精髭を大雑把に剃る。

こけた頬は精悍な陰影を表情に刻んでいた。

が、どこか茫洋とした瞳と小さくあがった口角が、心なしか幼さを感じさせる。



炎の中に荷物から取り出した肉片を枝に刺して投げ込む。


ぱち


と弾ける音が静寂に響く。


完全に暮れた空に、赤い月ときらめく星々が天空を圧する。


彼は小さく苦笑いをすると、片膝を立てた。


「どこまで着いて来る気だ?」


独り言のように小さく闇に問いかける。


『さぁ…わからない…』


彼の耳朶に響くように、ちょっとだけ幼さが残る声で答えが帰って来た。


「昼間はどこにいるんだ?」

『わからない…でも…』

「あぁ…いつもいるね…」

『そぅ…ね』


彼はからかうように問いかける。


「俺を…喰らうのか?」

『その気なら…』

「うん…もう喰らってるな」

『……人は喰らわない』

「まぁ、いいか」

『休むの?』

「そりゃそうさ。昼間はずっと歩き通しだったからね」

『ゆっくり休むがいい…』

「そうするよ」


彼は身体を横たえるとすぐに小さな寝息をたてていた。


『妙な人間だ…』


闇に小さな気配がうずくまっていた。


『蟲妖どもがうごめいている…』


闇が動く。


きぃきぃきぃ…


微かな、しかし忌まわしい金きり音が、そこかしこの闇から湧き出す。


『笑止』


あたり一面を圧倒的な殺気が支配する。

蟲妖は恐れ、惑い、一斉に姿を消した。



『出てくる前に気づけ…下衆ども』


殺気は再び掻き消え、そこには静寂が蘇る…


やがて…

赤い月も星々も黄土の大地に消え、もうひとつの青い太陽が姿を見せる。


『眠れた?』


問いかけに、彼は白い歯を見せて笑みを見せた。


「ぐっすりと眠れたよ」

『そうか…なら…いいわ』


泉に小さな波紋が出来た。

漆黒の鎧、長大な太刀を右手にしたモノが、水面につま先をつけて浮いていた。


細い腰と引き締まった長い足。

鎧から垣間見える肌は、透き通るほど白い。

豊かな乳房の大半が、鎧から弾けだした様にむき出している。

左の手は、それが鎧の一部なのか、それともそれが本性なのか…

凶悪なまでに禍々しく、巨大な鋭い爪が鈍く光っている。


「綺麗だね…」


彼の視線の先にある、そのモノ…

長く緩やかな曲線を描いて、微風になぶられる長い茶褐色の髪。

真紅の唇。

鳶色の瞳は燃えるように、強靭な意志を宿していた。


『可笑しな奴』

「でもね、俺は君の鼻が一番好きだ」


端正な整った表情の中で、唯一鼻だけが愛嬌をもっているようだ。


『ふん…』


どうやらそのモノは、それが気に入らないらしかった。

小さく表情が揺れた。

彼が微笑むと、そのモノは横をむいた。

その横顔をうっすらと赤く染めたのは、明らかに青い太陽ではなかった。


そのモノは、彼の身支度をする姿をじっと見つめ続けた。


「さて、行こうか」


彼がそのモノに言った。


『行くの?』

「行くさ。あと2日も歩けば街に着くからね」


ふと彼は、そのモノの瞳を見た。


「街に入ったら…人を喰らうか?」

『人は喰らわないと、言ってるでしょ…』

「では、人を襲うか?」

『……強き者がいれば』


と、そのモノは彼の視線を外した。


『お前が…止めろというのなら、じっとしている…』


彼は小さくうなずく。

そして、そのモノに微笑んだ。


「ありがとう。カリュ」


彼はそのモノをカリュと呼んだ。


『礼を言うのは…あたし……』

カリュは泉から垂直に飛翔する…



ぽん



と泉に水滴が落ちた。


≪序章-完-≫



始めました。

これからは不定期更新になると思います<(_ _)>


カリュ-初期設定イラスト-


挿絵(By みてみん)

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