07 妻の様子がおかしい
帝国の鬼神、ヴァルターは訓練中にもかかわらず首をひねっていた。
決して痛めた訳ではない。
剣の素振りをする若手の兵士たちを後ろに見やって、休憩用のベンチに腰掛けた。
体の調子が、思っていたものと違う。
「どうした隊長。まだ二試合こなしただけだろう?」
豊かな栗色の毛を高い位置で結んだ美丈夫が声をかけてきた。
昔からの馴染みのクラウスだ。
剣の腕は立つ上に、容貌も美しく、さらには伯爵令息という身分さえ持っている。
性格まで良い奴で、出逢った頃は敬語で話していたヴァルターを剣の前では平民も貴族も平等だと説き伏せて、騎士団では兄弟のように接した。そんなクラウスとも、数年来の付合いだ。
ヴァルターは眉をひそめた。
「それは、そうなんだが」
「なんだ。歯切れが悪いなあ。あっ! リーゼロッテ殿の妖術にかかったか!?」
「やめろ。いや、まあ、そう言えるのかもしれん」
「ええ!? どういうことだよ」
「実は、今日、朝飯の後に包みを渡されたんだ。薄い桃色のハンカチに、包まれていてな」
「ほほう。それで、中身は……?」
「タルトだった」
「タルトォ?」
クラウスがキョトンとして、目を点にする。
「なんだそれは」
「サクサクした菓子だ」
「何か薬でも混ざってたのか」
「俺もそう思ったんだ。だから、一口食べて待った。毒の訓練はそれなりにしてるからな。少しでも効果が表れたら、即刻あの魔女の眼前に突きつけて、残りを食わせてやろうと思ってな」
「なるほどね。ヴァルターいつも体はるよね」
「それで、一試合終えてだ」
「どうだったんだよ。体が火照るとか、指が痺れるとか?」
「調子がものすごく……良かったんだ」
「へ?」
「甘いのが良かったのか……それとも、中に入っていた果物のせいか……良く分からんがいつもより力が入ってな。それで、もう何口か、食べてみた。それで第二試合だ」
「で、効果は……?」
「抜群だった。ものすごく力が出た。集中力もあがった気がして、相手を倒すのに二分もかからなかった」
「ああ、だから……さっきの相手の騎士、泣いてたよ? 後でフォローしてやりなよ。それにしても、魔女の菓子は良く効くんだな。僕にも一口食べさせてくれよ」
ヴァルターは首を振った。
「そうだな。いや、もう残ってたのも、実は食べちまったんだ。普通に味も悪くない」
「素直に美味しいって言いなよ。ヴァルター大丈夫か? リーゼロッテに懐柔されてない?」
「いや、今回は俺の目論見が外れただけだ。あの魔女はどんな手段を使ってくるか分からんからな」
クラウスは、鬼神と喩えられるヴァルターの精悍な横顔を眺めた。
(こいつ、男にはモテるんだけどなあ)
騎士団では、勇猛果敢な強さが最も尊ばれる。
筋肉質で頼りがいのあるヴァルターは、年上年下を問わずどの部下からも慕われ、愛されたていた。
(女っ気無かったからなあ……大丈夫かなあ)
クラウスの心配は、的中することとなるーー。




