06 観る悦楽
ヴァルター様を愛でたい。
私は二階の窓際に座りながら、庭師と談笑するヴァルター様を盗み見ていた。
後頭部さえも輝いて見える。
はぁ、あんなにカッコいい人間がいるのね。
この森の要塞のような城は、ヴァルター様の領地のものらしい。この広大な森全てが、ヴァルター様の領地なのだ。
ここを突破されないように幾重にも張り巡らされた魔法や罠があちらこちらにある『死の森』という噂だ。
そんな森の統治を任されているなんて、さすがヴァルター様!
「もう少し足首をあげて下さいっ」
足元でライラが言った。
私の足のサイズを一所懸命に測ってくれている。
ライラはとても可愛らしい女の子だ。
使用人としては勉強中みたいで、時々グラスを割ったり花瓶を割ったり皿を割ったり置物の彫刻を割ったりしているけれど。
それでも、彼女はとても良い子だ。
特に私のドレスや身なりについては、ライラが熱心に考えてくれている。
ライラもだけれど、この屋敷の使用人はみんな若くて見目麗しい。不思議なことにメイドも執事もコックも、男も女もみんな顔で選んだのかというくらい美しいのだ。
その中でも最も美しく、勇壮で、魅力的なのは勿論ヴァルター様だ。
「リーゼロッテ様、もう少しお食べになって下さい……! 美しい足ですが、あまりに細すぎます」
「え? あぁ、そうですね……頑張ります」
そうは言っても、粉挽き工場で雇われていた私はもっと細かった。
これでもかなり贅沢をしている。
チーズや肉を1日に1度は必ず食べているのだ。牛乳も毎食希望すれば飲める。
これ以上暴飲暴食をしたら罰が当たる気がする。
「最高の靴を用意します! リーゼロッテ様の美貌の前に誰もがひれ伏すような、魅惑的なトータルコーディネートをっ!」
「気持ちは嬉しいですが、普通のが良いです……」
「あっ、全員がひれ伏すのが普通だと!? さすがリーゼロッテ様!」
ライラは時々話を聞かない。
私は窓の外のヴァルター様に目をやった。
何を話しているのか、ヴァルター様は歯を見せて屈託なく笑っている。
んんん、最高です。
ヴァルター様はリーゼロッテのことを嫌っているようだ。
だから、直接的に関わるのは良くなさそうだ。
ライラの話によれば、『淫蕩の魔女 リーゼロッテ』は王族やら有力貴族やらを次々と毒牙にかけ、関わった男たちの人生を散々に狂わせたらしい。それも自分の気に入った容色の優れている青年だけを選んで、自分に夢中になると興味を失ってすぐに捨ててしまったと。
その中に王族の権力者がいたらしい。余りに度が過ぎているとのことで、『帝国の鬼神』と呼ばれているヴァルター様と結婚させ、一度でも不貞があれば帝国に仇なす者として処刑することにした。
不貞行為というのは、すなわち浮気のことだろう。
ヴァルター様を差し置いて、誰か他の男の人に、どうときめけというのだろう。
全く、どこの誰が発案者か知らないけれど、ヴァルター様の魅力を舐めないでもらいたい。
そうは言っても、ヴァルター様に何かしたい。
喩えれば、美しい大魚のために、澄んだ川の水の一滴に身をやつしたいと願うようなものだ。
私は処刑されるかもしれない身の上らしい。
そんな状態ならば、なおいっそうのこと、後悔のないように生きたい。
粉ひき工場で馬車馬のように働かされていた頃ならいざ知らず。
今の私には、ヴァルター様という心の栄養があるのだ。
(あの笑顔を見ることができるなら、この体で生きる価値はあるわ……)
一日でも長らえて、ヴァルター様を愛でていたい。
そうと決まれば、善は急げだ。
私は足下で真剣に物差しをあてているライラに、
「お願い事があるのですが」
と、話しかけた。




