05 理想が座っている
「完成です!」
ライラが満足げに手を離したとき、私はげっそりとしていたかもしれない。
だって、着替えだけだと思ってた!
お化粧だの手のマッサージだの、工程が長い。多い。
それに、髪飾りだの首飾りだの、頭は一つしかないのにアクセサリーは次から次へと出てくる。
「つ、疲れました……」
「ふわあぁぁぁ! 申し訳ありませんっ! わたくしが調子にのってしまい!」
「あ、いいのです。私がこういうのに慣れていないだけなので」
「なんとお優しい……!」
すぐに泣かれるのは困ってしまうけれど、ライラはとても働き者で良い子だ。
そのとき、壁の時計がカランと小さな鐘を鳴らした。
「朝ご飯がございます! 食堂で食べられますか? ヴァルター様もいらっしゃいます」
「ヴァ、ヴァルター様?」
「ご案内しますっ」
私は長い廊下をライラについて歩きながら考えた。
ヴァルター様というのは、もしかして、もしかしなくても、私と結婚したあの、ものすごくカッコイイあの方じゃないだろうか。
いや、でも、これまでに期待して叶ったものなんてほとんどない。
期待なんてしないほうがいい。
夢など叶わない。それなら見ないほうがいい。
現実を受け入れよう。
あれはきっと良い夢だったのだ。
だって、あんな理想を形にしたような人が存在するわけない。
食堂には木製の大きなテーブルが置いてあった。
豪華な部屋は厨房の隣にあるらしく、茶や肉の良い香りが漂ってきた。
「お、来たな」
といって顔をあげた、体格の良い男性。
筋肉質の体は、厚い木の幹のように太くてがっしりしている。
フォークを持つ大きな手は、どんな厳しい自然の力にも耐えうる強さを持っていそうだ。鋭い眉と目は猛禽類のようだ。彫りが深い鼻や、男性にしては厚い唇が精悍な顔つきを引き立たせている。
森の番人に相応しい、深くて濃い緑色の髪。
金を帯びた緑の瞳。
堂々とした眼差しと長い睫毛。
「夢が食卓に服着て座ってる……!」
私は小声で叫んで崩れ落ちそうになった。
振り向いたライラの心配そうな顔を見て我に返る。
「なんだ? 初日でギブアップか?」
と、ヴァルター様はニヒルな笑みを浮かべる。
ああああっ、お伽話の騎士に勝るとも劣らない雄々しさ。
「ギブアップです……ヴァルター様」
私は絞り出して言った。
ライラがそっと椅子を引いて、ヴァルター様の向かい側に座らせてくれる。
間近で見るとより、ヴァルター様の雄々しさが、お体の感じや息づかいが分かる。
全面降伏です。
無理です。
こっち見ないで下さい。
「さすがの魔女も、俺との生活は堪えるとみえる」
ヴァルター様は喉の奥で笑うようにして、得意げにこちらを見る。
アーッもう! かっこいい! しんどい!
こんなに理想的な人間がいるだろうか……いや、いない。
いないはずなのに、今、奇跡が起こっている。
「はい……ヴァルター様との生活は……心臓が潰れてしまいそうです……」
「ふん。淫蕩の魔女も形無しだな。それともそれがお前のやりかたか?」
「いえ、そんなことは……」
「一度、殊勝な態度をとっておいて、こちらが油断したころに掌を返すのだろう。時の権力者を数々陥落させたその手腕、この俺には通用せんぞ」
ヴァルター様は冷たい瞳で真面目な顔をした。
ああっ、それもまた良い!
この日を境に、私と天使、もとい、ヴァルター様との新婚生活が始まった。




