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傾国の魔女は帝国の鬼神に恋をする  作者: 丹空 舞


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01 粉挽きと魔女

もうずっと自分のベッドで寝られていないのに、明日も仕事がある。


孤児の私には助けてくれる人もいない。

いつになったら楽になるんだろう。

そろそろ天使が迎えに来てくれたらいいのに。

そんなことを粉をひきながら、ぼんやり思っていたら、ふっと視界が暗くなった。



ああ、きっと死んでしまったんだ。


こんなことなら逃げ出せば良かった。

草の根を食べる暮らしだって、今の暮らしよりはましだったかもしれない。

結局、逃げ出す元気がなくなる前に、走り出せば良かった。

いくら後悔したって遅い。

来ないはずの天使なんか待ってないで、さっさと自分で動けば良かったんだ。


もし、来世があるなら、強い人になりたい。

どんな敵が来ても曲がらない信念を持った、強い人に。






「え……?」




そこは石造りの牢屋だった。


「痛ッ……えっ? 固ッ……あれ? 粉挽きは? 女将さんは?」


私は粉挽き屋に雇われた、というか、労働力として買われた下働きで、工場で粉を挽いていたはずだった。

よく見ると、自分の体の一部が異様に盛り上がっている。


「ひえっ!?」


どう考えてもおかしい。

重力に逆らう信じられないナイスバディ。

むちむちの胸、尻を思わず触って確かめる。


私の体はもっと痩せて、肋も浮いていたはずだ。


不思議と感覚がある。

それに、この布は何なのか。

簡素な布の服のはずなのに、妙になまめかしい。



「おい! 早く出ろ、時間だ!」

鎧をまとった男がいきなり鍵を開けて、私に声をかけた。


「えっ……キャァァァァッ」

「わー! なんだッ」


見知らぬ男性にこんな姿を見られるなんて辛すぎる。

生足だ。

下着だってはいてないかもしれない。


「無理、無理ぃ……こんな服無理ぃ……」

「ほら、早く歩けッ」

「おい、気を付けろ。王族も誘惑した『淫蕩の魔女』だぞ。どんな妖術を使ってくるか分からん」


何それ? 魔女?

それにしてもひどくない?

私は裸足で半泣きになりながら、石造りの牢獄の床をペタペタ歩いた。


裁判官のような人がいる。ここは法廷なのだろうか。


「淫蕩の魔女リーゼロッテ!」



私の名前は、ただのリタですけど!?


ただ、そんなことを言える雰囲気ではなさそうだ。



「お前を粛清し、『ミュルクヴィヅの森の門番』ヴァルターの妻とする!」

「誓文を読み上げい!」


私は言われるがままに、渡された紙に書かれた文言を読み上げた。


「えっと……宣誓、私、リーゼロッテ・フライエンフェルスは、ヴァルター・ディールスの妻となり、慎ましい身なり、慎み、貞淑に身を捧げ、善き行いを心がけることを誓います。善き国民としての自分の務めを忠実に果たします」


「クッ……」

私を取り囲んでいた兵士の一人が、堪えきれずに笑いを零した。

隣の兵士がたしなめる。

「おい、儀式の途中だぞ」

「だ、だって……貞淑って、む、無理だろ、絶対……あの、淫蕩の魔女リーゼロッテだぜ?」

「そりゃあ、まあ……」

他の兵士が言う。

「慎ましい身なり、も無理があるだろ……王国の宝石商に貢がせて破産させた悪女だぞ」

「ドレスは使い捨て、一度着たらもう着ないってのも有名だったぞ。慎ましさなんて、あのリーゼロッテにあるわけないだろ」


ひそひそと囁かれる、悪女ぶりに私はすくみ上がった。

めちゃくちゃな人だ。


私は男性に貢がせるどころかお付き合いした経験さえない。

ちなみに服は体型が変わらないのをいいことに、三年くらい同じのを着ている。

それも粉挽き屋の女将さんの娘さんが着古した物を貰ったのだ。



「静粛に!」


裁判官のような白いひげのおじいさんが、声を張り上げた。

シン、と広間が静まる。

ついでに私も姿勢を正す。


もう、怖い。

いきなり首を斬られたりしたらどうしよう。

いや、夢だったら、一度死んでしまわないと元の世界に帰れないのかもしれない。


現世。それもそれでいやだ。

帰っても、膨大な残業とぬるくなった水と固いパン、女将さんの嫌みが待っているだけだ。

それならここで首を斬られるのを避けて、一人時間を満喫したほうがいいかもしれない。

牢獄の中だとしても、急き立てられないぶんマシかもしれない。

思えば、あの粉挽き工場だって牢獄みたいなものだ。


「ヴァルター・ディールス! 前へ!」

「はい」


大広間の空間を支配するような低い声が響いた。

お腹の中に響き渡るような威圧的なバリトンボイス。


私の隣へ進み出たのは、巨人だった。


(おっ……きい!)


均整の取れた筋肉がついた腕や足はミチッと肉が詰まっている。

一つ一つがまるで武器のようだ。

重みがある腕一本が飛んできただけでも、私は簡単に殺されてしまいそうだ。


(わあ……)


怖さと同時に、私は底知れない興奮を感じていた。

それはまるで、猛獣と同じ檻に生身で入れられた調教師になったようだった。

獣と違うのは、人間には言葉が通じるということだった。

私は期待と興奮に胸を明け渡しながら、隣の男の言葉を待った。


「私、ヴァルター・ディールスは、リーゼロッテの夫となり……」


(うわぁぁぁあ! 夫!)


夫。

オット。


この隣にいる筋骨隆々の大きな人が私の夫。


(えっ、何これ、ご褒美?)


何を隠そう、私は筋肉好きだった。

物語の挿絵にあった騎士様の鍛えられた肉体。

バキバキに割れた腹筋。

太い腕や棍棒のような太もも。

自分には無いものだからこそ憧れているうちに、立派に性癖をこじらせてしまった。



「おい。悪名高い魔女、リーゼロッテ」


バリトンボイスに呼ばれて、私は返事もできずに顔をあげた。


「今日から俺の嫁だ。俺が『帝国の鬼神』と呼ばれているのは知っているな? 少しでも悪さをしたら投獄のち処刑だ。せいぜい抗ってみるがいい」



侮蔑のまなざしでこちらを見下ろす、ヴァルター様の三白眼。

均整の取れた大きな体躯。いくつも古傷のある頬。

獰猛そうな二の腕。雄っぽいニヤリとした笑み。

視線だけで生き物を射殺せそうな威圧感。


ものすごく怖そう。

そして、とても強そうな人――。




私は思った。


天使は本当に存在したのだ。





(ふ、わぁあぁぁぁぁっ!)


すみません。

筋肉、お体だけでなく、ご尊顔も、超タイプでした……。


いや。

DO・TAIPUと言っていい。

もう私の心のまとの中心には、矢が百本くらい突き刺さっている。


動揺する私を見て、ヴァルター様は不敵に笑った。

ものすごく、ワイルド系なご尊顔にニヒルな笑みが浮かぶ。

ああ……!

最高でしかない。


「まさか平民あがりの俺に嫁がされるとはなぁ。ご愁傷様だ。貴族の女全員が嫌がる男にお前は嫁いだんだよ。お前の好みとかけ離れていようが、どうだろうが、もう婚姻をした間柄だ。今日から一度たりとも他の男と情を交えようもんなら、即刻処刑だ。姦淫は罪だからな! かといって俺は死んでもお前と床を共にはしねぇ。これじゃあ修道院の方がましだったかもしれねーな」


ヴァルター様は吐き捨てるように言っていたが、私はその台詞の中身よりも、言葉を紡ぐヴァルター様の舌の紅さであるだとか、歯の白さだとか、犬歯のとがり具合であるとか、腕よりは柔らかそうな鼻であるだとか、そういうものに心が捕らわれていた。


つまり目の前の、幻の生物のような美しい人をあますところなく観察するのに忙しくて、何にも聞いていなかった。


数多の感情を噛みしめるのに忙しくて無言を貫く私を、ヴァルター様は冷たく見下ろした。


「言葉も出ないってか」


ハッと満足そうに笑ったヴァルター様は、にやにやしながら私のあごを掴んだ。


(えっ、えっ、えっ)


思っている間に、南国の花と香辛料が混ざったような甘い香りが鼻をくすぐった。

切れ長の雄っぽい目が、猛禽類のように私を射貫いてくる。


()()までよろしくな、嫁サン」


ちゅ、と唇に触れた柔らかい感触。

してやったりと口角をあげる、悪役のような表情。


(格好良すぎる)


処刑的な意味で言っているんだということは分かるけど、こんなのもうプロポーズじゃない!?


いや、違う、私もう結婚してるんだった。

この人と。

さっき。



私は心中で叫びながら卒倒した。

キャパオーバーだ。

意識がふわっと浮き上がり、目の前が白くなる。



(私は神様に幾ら払えばいいんだろう)



たぶんこれは、この幸せな体験は、仕事中にうたたねをしていて、見ている夢なんだろう。


(ああ、まだ起きたくない)


周囲が騒がしくなって、大きな何かに抱き上げられた気がした。

この幸せな夢に、続きがあることを祈りながら、脱力して私は目を閉じた。



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