第9話 あどけなさ
ボクは、何もしていない。
この間、父親のジョンディアに言われた通り、ただ毎日アルティシアの話し相手になり、その様子を見守っているだけだ。
本当にこんなのでいいんだろうか?
いつものように、ボクは庭の大木に寄り掛かって座って、ただ風景を眺めていた。何もすることはないが、気持ちは楽である。……あの頃に比べたら……
「……センセ……タロウセンセ!……見て見て!お魚を捕まえたの!」
すぐ近くにある、大きな湖の方から、元気いっぱいに両手を振りながらアルティシアが、駆け寄って来た。
金色の髪の毛は、きれいにまとめて後ろで縛ってある。14歳とは言え、すっかり女性の体形になっている。増して可愛くて美人なんだ。
普通にしていれば、可憐な乙女という感じだろう。
ところが、父親から教わった剣術の腕前は天下逸品で、試合だけなら誰にも負けないらしい。ただ、彼女は、未だかつて父親以外と戦ったことはないとのこと。
「……何だい?アルティシアさん……もう剣の稽古は終わったのかい?」
「ねえ、センセ。その『アルティシアさん』っていうの止めない?……あたしは、生徒なのよ、呼び捨てでいいわよ、ね!」
「ああ、でも、ボクは何も教えていないし……」
「もう、いいから、いいから。……今日ね、あたし、お父様から一本とって勝ったのよ……凄いでしょ!あはははは……それにこれ見て!お魚よ!」
疲れも見せず快活に笑う彼女は、服装からもまるで少年のようだった。紺色のハーフパンツに白い半そでシャツ、ご丁寧に頭には麦わら帽子ときている。
ただし、その帽子が麦で出来ているかどうかは分からない。
何せ、ボクはこの土地?世界?の植生を知らないのだから、麦があるかどうかさえ知らない。
でも、食事の時、パンらしきものは出ているなあ。きっと似たものは多いような気がする。
「……ア、アルティシア……、どうやってその魚を採ったんだい?」
「えっとね……湖を覗いていたら、魚が見えたのよ!……それで、手を突っ込んで握ったら、捕まえられたの!……初めてよ……うわああーーい!」
「やれやれ、それじゃあ、動物と同じじゃないか…………ちょっと待っておいで」
ボクは、適当な木の枝を探し、先に糸を結び付けた。
「ねえ、頼みがあるんだが、その魚をボクにもらえないかな」
「えー?折角捕まえたのに、やーよ!」
「すぐに、倍にして返してあげるからさ~」
「ほんと?……じゃタロウセンセにあげるわ!」
「ありがとうアルティシア」
ボクは、持っていたナイフで、魚を三枚におろし、身と骨に分けた。骨の一部を削って簡単な釣り針を作り、鱗を浮き代わりにして棒に付けた糸に縛った。
後は、魚の切り身を張りに付けて……
「さあ、これで“釣り”ができるぞ!」
「“つり”?……どういうこと?」
まあ、見ていなさい。一緒に湖の傍に行き、今作った“釣竿”を伸ばし、水面にそーっと糸を垂れた。
「あ!センセ……糸が動いてるよ!……なに?……どうしたの?」
「……それっ!」
“釣竿”を引き上げると、糸の先には、アルティシアが持って来たのと同じような魚が引っかかっていた。
「うわあああー、すごい!タロウセンセ!……お魚採った!……しかも手を使わないで」
アルティシアは、大喜びをした。すぐに、自分もやりたいと言って、竿を垂らし始めた。
まもなく、大量の魚を抱えて家に帰ることになった。今晩は、魚料理かな?
夕食の席は、一段と大きな笑い声が響き、笑顔が溢れた。
『あれ?こんなことで、いいのかな?……』
(つづく)
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