第8話 ボクの役割
ボクは、この間から同じ夢ばかり見る。園庭の滑り台から落ちる夢だ。最後は、いつもみんなが心配そうに駆け寄ってくるところで終わってしまう。
あれはいったい何だろう?
夏の青空の下、草原で腰を降ろし大木に背中を預けて、物思いに耽っていた。
幾ら考えても分からない。ここはどこか?どうしてボクは、ここにいるのか?
間違いなく、この世界はボクが居た世界じゃない。
ひょっとしてあの夢が関係あるなら、間違いなくボクは、転生したのか?
“山口太郎”のまま?姿もそのまま、記憶もそのまま……いったいボクにどうしろと言うのだろう?
家庭教師の件は、どうする?
ボクは、家庭教師をする資格がない。この世界のことが分からないし、剣だって使えない。かろうじて言葉が通じるくらいだ。
転生でも、ボクのチート能力は全く無いのと同じだ。
これだけで、家庭教師が務まるとは思えない。
「どうしたの?タロウセンセ。そんなに難しい顔して」
離れたところで、剣術の稽古をしていたアルティシアが、徐に近づいて来た。
「ん?……ああ、ボクはね、もう体も元に戻ったし、体力や筋力も元通りだ。だから、君に家庭教師としての仕事をしなければならないのだが…………」
そんな困り果てているボクをアルティシアは、嬉しそうに見つめているのである。
「なーんだ、タロウセンセは、そんなことで悩んでいたの?……じゃあ、大丈夫よ!」
「大丈夫って、そんな……」
ボクは、すっきりしない頭を回転させながら、あれこれ考えていたら、そこに父親のジョンディアが通りかかった。
彼女は、大きく手を振り父親を呼び寄せた。
「お父様~…………あのねーーー」
「……どうした?アル?」
腰を降ろして座っている目の前に、大柄な父親は娘と並んでこちらを眺めていた。
「タロウセンセがね、家庭教師のお仕事で悩みがあるんだって?」
アルティシアは、あっさりと笑顔で父親に告げた。
ボクは、一瞬緊張が全身を縛ったような気がした。ところが、
「なんだ、そんな事で悩んでいたのか?
……タロウ先生、あなたは別に何もしなくていいんだ。
……ただ、娘の話し相手にさえなってくれれば、それでいいから」
と、あっさりとした返事を笑顔で話すのをみて、拍子抜けしてしまった。
「え?でも、ボクは、家庭教師なんですよね……」
「まあ、そうなんだが…………
娘は剣術が好きで小さい頃からわしが教えてきた。自慢じゃないが、わしはこの国でも1,2を争うくらいの腕前なんだ。
しかし、娘はもうそれらすべてを会得したんだ。わしに教えることはない。
………従って、わし以外の人だって、もう娘には教えられないだろう。
…………あとは、実践しかないんだ」
「そ、そんなに、アルティシアさんは強いんですか?」
「ああ、剣の力だけは………」
「剣の力だけ?」
「そうじゃ…………娘はまだ14歳なんだ。
この村は小さな村で、同じ頃の歳の子どもはいないんじゃ。
それにな……ハーフエルフだしな。わしの妻がエルフでな」
「でも、それとこれは……」
「いや、娘には普通の暮らしをさせたいんじゃ……
だから、世の中の普通の出来事を教える人が欲しかったんだ」
「え?でも、それなら、わざわざ家庭教師を雇わないでも……」
「わし等では、無理なんじゃ…………
わしはどうしても剣の事から離れられんし、妻は世間を知らないんだ…………
それに、この辺りには学校と呼べるものが無い」
「学校が無いんですか?……少し離れれば、町がありますよね」
「ああ、昔はあったんだ…………
ただ、あの戦いの後、ようやく最近王都で学校ができたという噂を聞いたが、本当かどうかはわからん」
「あの戦いってなんですか?」
「そうか、タロウ先生は、その辺の記憶は無いのかの~
ひょとして、あの戦いで被害を受けたのかもしれんの。
……だったらなおさら、あなたはここで娘と日常平凡に暮らしてくれれば、それで十分じゃ。
……その中で普通の暮らしを経験してもらえるだけでいいんじゃ
……これは妻も願っておる」
次第に真剣な表情になっていく父親のジョンディアの言っていることは、今のボクにはよく理解できないことが多かった。
ただ、その真剣さだけは伝わってた。
(つづく)
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