第68話 センセの能力
「センセ、後ろに下がって……」
アルが、剣を構えて身構えた時、ボクは急に目眩がした。
アルの手を放し、後ろに下がって身を屈め姿勢を低くしたのだが、頭が“ズキン!”と脈打ったような感じがした
「う、うう…………」
「?……センセ、大丈夫?」
アルは、前方を見据えたまま、声を掛けてくれた。その声には、ピンと張り詰めた緊張感があった。
「ああ、大丈夫だ…………」
ボクは、片手で右の目から側頭部を抑えて、痛みに耐えた。まもなく、痛みが弱まってくると、視界が少し鮮明になってきた。
「ん?こ、これは!
…………アル!前方左手に、何かいるぞ!
大きな動物のようなものだ。
背丈はアルの2倍くらい、今は後ろ足で立ち上がっている。手はたぶん前足だ!鋭い爪がある」
「え?センセ、あたし何も見えないよ!……どこ?どこに何がいるの?」
「ああ、そうか!
…………アル、ボクの言うことを信じてくれ!……来た!こっちに走って来たぞ!」
「センセ、どうしよ?……あたし、やっぱり見えないよ!」
アルは、泣きそうな声を出して、周りをキョロキョロ見渡していた。
「いいか、アル。
剣は、左手に構えて、後ろに引くんだ。
左手が崖肌で山になっている。奴は、それを頼りにこっちに向かって来てるんだ!
…………いいか?アル、そのまま、右へ3歩移動だ……」
「分かった、センセ!」
覚悟を決めたのか、アルの声がまた落ち着きを取り戻していた。
「ボクが、声を掛けるから、思いっきり水平十字切りで、剣を振るんだ!いいな!」
アルは、真白で目の前が見えない山の道に、腰を低くして剣を構えて静かに待った。
「よし、今だ!」
ボクが声を掛けたと同時に、アルの剣が左側を突き抜けてくる奴の胴体にめり込み、上下真っ二つに切り裂いた。
ウギャアアアアアアアアアーー
奴は、山じゅうに響き渡るような叫び声を上げて、よろけたまま右手の谷底へ落ちて行った。落ちながら、奴の体は、黒い霧を吐き、端の方から消えていった。
「う!ファッ………ああ……」
ボクの頭痛が完全に消えた。と、同時にボクもまた、周りが見えなくなった。真っ白のスヘールが風と共に舞っていたのである。
「センセ!センセ!……あたし達、勝ったの?……ねえ?」
「アル、よくやった!奴は、谷底へ落ちていった。……ただ、途中で、いつものように消えたから、あれは魔獣だな」
「そっか、魔獣だったんだ。
このスヘールで、あの声、それに、手ごたえからするとあれは、たぶん“ワイトベアー”だわ!…………でも、センセ、凄いわ。このスヘールの中でも、見えるなんて!」
「いや、もう今は何も見えないんだ。
…………たぶん、これは前に魔鳥ロプロテスの弱点が見えたのと同じじゃないかと思う。
…………奴の、ワイトベアーの弱点や武器が見えたから、姿の様子を把握できたんだと思う」
「凄いよ、センセ!やっぱり、それ、センセの特殊能力だね!
…………あたしだけだったら、奴にやられていたわ…………やっぱり、あたしセンセと一緒じゃないと………」
「……それより、益々風が強くなってきた。どこかで休めるところはないか、探さないと……」
「え、でもセンセ、ここは山越えの道で、左は聳え立つ崖肌、右は断崖絶壁の谷になっているのよ!…………民家も小屋も何もないわよ!」
(つづく)
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