第14話 日々安穏
もし、ボクが異世界転生したのだとすれば、毎日がとても平和で平凡なので、ドキドキもハラハラもしない物語になっていくだろう。
確かに『悪魔の1年』と呼ばれる恐ろしい時間を経験しているこの世界らしいけど、町の復興がこれからであることを除けば、食べ物になる作物もよく穫れるし、どこの町も住みやすく気のいい住民が多いので、楽しい毎日を送ることができている。
この世界でも季節の移り変わりはあるようで、夏の暑さも峠を越えた感じがする。畑では、いろいろな作物が実っていて、収穫期と呼べるような季節を感じる。
そんな中、ボクは毎日何もすることがなく、ただアルティシアの剣の稽古を見守るだけだった。
最近では、父親のジョンディアも娘の相手にはなっていない。というのも、アルティシアの剣は、十分に父親を凌いでいるようだった。
「タロウセンセ!あたしの稽古を見てるだけじゃ、詰らないでしょ?一緒にやりませんか?」
彼女も退屈してなのか、時々ボクを稽古に誘うのだ。
「え~?ボクは、ダメだよ。剣なんか持ったことも無いんだよ。君の邪魔にしかならないよ」
いつも、決まってボクは、彼女の誘いを断っているのである。そんなボクを彼女は優しい眼差して見つめながら、いつも寂しそうに一人で稽古を続けている。
ボクは、そんな彼女を見守ることしかできない。何か、少しでも役に立てればいいのにと思うほど『これじゃぁ、家庭教師は失格だ』と、感じてしまう。
それでも、彼女は、稽古用の木刀を握りしめ、素振りを繰り返したり、大木に打ち込みをしたりして、いつも半日は表で過ごす。
もちろんボクは、彼女の近くに陣取って、稽古を見つめている。
膝上ぐらいまでの短いパンツ、上は半袖のシャツを軽やかに着こなし動き回る彼女は、真夏の太陽の下でも眩しさは勝っていた。
「ふー、センセ、終わったよ!もーお腹ペコペコだよ~」
稽古の終わりは、いつも汗ビッショリ掻いた笑顔をボクに近づけて、オヤツの催促をするのが日課になっていた。
「お疲れー、ほれっ!今日は、サクシーだ。湖に浸けておいたから、よく冷えてるぞ~」
「やったー、ありがとうタロウセンセ!…………うん、はむっ……はむっ……うー、美味しい!汗を掻いた後は、これ最高なのよね~センセ、だーいすき!」
サクシーとは、人間の頭ぐらいの大きさの果物だ、外側は、硬い皮で覆われているが、中身は赤い実が均等に詰まっている。この赤い実は、水分をたっぷりと含んだ甘い果実になっている。
冷やして食べると、まさに甘い氷の欠片を口に含むような感覚になり、暑さをしのぐには持って来いなのである。
気持ちよくサクシーを頬張るアルティシアを見ていると、こっち迄嬉しくなってくる。
ボクは、そんな彼女に何か役に立つことはないか、真剣に考えるのだが、ボクにはあの子達と遊びまくった経験しかなく、自分でも情けなくなる。
(つづく)
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