第95話 峠を越えるために
「え?準備って何ですか?………………」
ボク達には、そんな情報もなく、ただ普通の旅の支度しかしていなかった。ボクは、慌てて質問をした。
「このオオスヘール山を越えるのに、特別な準備がるんですか?ボク達は、まったく知らないんです。すみませんが、少しでも教えてもらえませんか?」
「うん、まああ、今日はおおよそのことだけ、話してやるから、実際には明日一緒に準備を確認してやるよ!」
ガビルじいさんは、孫達と一緒に食卓テーブルに着いて、少し呆れた顔をしたものの、親切に説明を始めてくれた。
「ここから、東の大陸へ行くには、どうしてもこのオオスヘール山を越えなければならないんだ。
この山は、とても高くて峠の付近は、年中いつでもスヘールが積もっているんだ」
「そうですね、遠くから見ても山の上の方は、白かったです」
「あたし達が村を出発した時は、いっぱい花も咲き始めて、とても暖かかったのよ。
…………だけど、この辺に来たら、とっても寒くてびっくりしたわ!」
「まあ、この辺りは、標高も高くなっているからなあ~。
だけど、最近は少し寒すぎなんだ。
…………以前は、夜だって少しは暖かかったんだぞ…………それが今じゃ、夜は布団無しでは寝られんのじゃ」
「ふーーん…………夜は、温かくして寝ないとだね、センセ!」
「あ、ああ……?」
「まあ、峠のところはもっと寒いぞ!…………それにな、スヘールの嵐もよく吹くんだ!…………だから、温かい服装でないと山は登れんのだ」
「どうしよう、ボク等はそんな服持って来てないぞ!」
「まあ、それはこの町で揃えられるから心配せんでええぞ!」
「良かったねセンセ!」
「ああ、お金もあるから、大丈夫だろう……」
「それよりもだ、お嬢ちゃん達は、ポーターを頼んだのかい?」
「え?ポーター?……おじいちゃん、何、それ?」
「まったく、ポーターも知らんのか?
…………この峠を超えるのには、丸2日はかかるんじゃ。
だから、峠の近くで夜明かしをしなきゃならん!
…………だけどな、この寒さじゃから、野宿なんかできるわけがない。かと言って、そんなところに宿屋なんかないんだよ。
…………だから、風除けの仮小屋の道具を持っていかないといけないんだ。」
「え!仮小屋ですか?……ボク等にそんな物を持ち運べる訳がありませんよ!」
「まあ、それで、ワシらの出番じゃ…………。
ワシ等猿人族は、力はあるからの!
仮小屋ぐらいは、いつでも背負っていけるんじゃ…………つまり、この山を越えるには、仮小屋を担いで一緒に行ってくれるポーターが居ないとダメなんだ」
「なあ、あんた達は、まだポーターを雇ってないだろう?」
「ああ、そうなんだ。だって、ポーターが必要だっていう話は、今、初めて聞いたんだ」
「じゃあさ、オレを雇ってくれよ!」
ガビルじいさんの孫で、お兄さんの方のドガスが、笑顔で言ってきた。
「だけど、君は、まだ子どもじゃないのかい?あの山にそんな荷物を背負って行くのは、大変だろう?」
ボクは、てっきりガビルじいさんが、ポーターをやってくれるのかと思ったが、まさかこんな子どもに頼むわけにはいかないのではないかと考えた。
「何、言ってんだよ!オレだって、猿人族で、ポーターの仕事は、じいちゃんに教わってんだよ!」
「でもね…………」
「オレは、じいちゃんのようなポーターになりたいんだ!そして、父ちゃんみたいに、いろんな人を助けてあげたいんだよ!…………な、じいちゃん、いいだろ!」
「う、まあ、……この風は、明後日には収まるだろうから…………お嬢ちゃん達さえよければ…………」
「な!いいだろう!……オレだって、毎日、体鍛えてるんだぜ!なあ、頼むよ…………」
正直ボクは迷った。ボク達だって初めて通るところだから、慣れた大人の人に頼んだ方が安全なのかなと思った。
ただ、このドガス少年は、体もしっかりしているし、何より困っているボク達のために、部屋を貸してくれた、とても気持ちの優しい子だ。
信用してもいいかとも考えた。
すると、アルが、いきなり立ち上がって、ドガス少年の手を握って、頭を下げた。
「あたし、君にお願いしたいな!……ねえ、あたし達を連れて行ってよ!…………ね、センセ、いいでしょ!」
アルは、ドガス少年の手を握ったまま、ボクの方を見て、何とも言えない哀願するような目をした。
「…………あ、ああ分かったよ」
ボクは、アルの言う通りにすることにした。時々、アルは直感で物事を判断することがあるけど、すべてうまくいっている。彼女の感覚は、ボクとは比べ物にならない何かがあるかもしれない。
「ドガス君、お願いするよ。……その変わり、明日の準備なんかは、一緒にお願いしていいかな?」
ボクも、右手を出して握手を求めながら、ドガス君にポーターの仕事を依頼した。
「うん!分かった。しっかり、峠を越えられるように、準備を手伝うよ!」
「ありがと、センセ!……それに、ドガス君、よろしくね!」
アルは、仲間が一人増えたように喜んで、いつまでも笑っていた。
(つづく)
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