第7話 黒いモノ
族長の家の外見は他とあまり変わらなかった。ただひとつ違う点は、扉の両脇に木彫りの女神像が飾られていることだ。顔はうりふたつだが身につけている衣服と髪型に違いが見られる。伝承の双子の女神をかたどったものだと、アラタは考えた。像の一つはネプチューンに酷似している……。
ウルルシカが扉をたたく。
「族長、わたくしです。ウルルシカです」
「……入りねぃ」
扉を開けて足を踏み入れると、部屋の中央にはどっしりと座る族長の姿があった。彼の白髪は後ろで縛られており、顔には年月を感じさせる深いシワが刻まれていた。
「久しいねぃ……ウルルシカよ」
「族長、ご無沙汰です」
「まーまーよく戻ってきてくれたねぃ! 一杯飲むかねぃ?」
性格は威厳とは少し異なるものを持っているようだ。
「わ、わたくしはまだ未成年ですのでお酒は……」
「そーじゃったかねぃ? じゃあそっちの少年、飲むかねぃ?」
「ガキに酒すすめんじゃねえよ……」
「残念だねぃ……お前さんらも見たと思うがねぃ……月がドッカンしたじゃねぃかねぃ。あれで里のみんながすっかり怯えちまってねぃ……なんかもう世界の終わりみてぃな空気になっちまってねぃ」
族長はとても残念そうにため息をついた。彼の言葉でアラタはようやく気がついた。人々にとって空から誰かが降りてくるよりも、はるかに大きな異変が起こっていたことを。月を破壊した張本人であるがゆえに発想がいたらなかった。
「そっちの理由で引きこもってたのか。盲点だったぜ」
「少年、君はちょいと他の人とは違う感じだねぃ……なるほどねぃ……」
まじまじと見つめてくる族長の視線には好奇心の色が見てとれる。すでに何かを感じ取っているのかもしれない。
「まあよいわいねぃ……それでウルルシカ、なんの用だねぃ?」
「伝承にまつわる文献をわたくしたちに見せていただきたいのです」
「なるほどねぇい……そういうことならお安い御用だねぃ……ついておいでなさいねぃ」
族長のあとに続いて道を歩く三人だったが、進むにつれてウルルシカの顔色が悪くなっていく。
「あの……族長……」
「ウルルシカ、今は何も言うねぃ……」
「どうしたの?」
ニニが尋ねても首を振るだけで答えなかった。
「さて、と……着いたねぃ」
そこは里の最も高い場所にある小さな祭壇。石を積み上げた祭壇に一本のナイフが置かれているだけで、他のものは何もない。
「こんなところに書物が保管されてるとは思えねえな。爺さん、いったい何のつもりだ?」
族長は空を見上げながら、アラタの問いに答える。
「月が壊れた夜、お前さんたちが来るほんの少し前だねぃ……女神様がおいでなすったねぃ。『じきに姉を殺した少年がやってくる。やってきたら殺せ』とねぃ」
「!!」
「先に言っておくけど、お言葉をたまわったのはワシだけだからねぃ。里のみんなは関係ないねぃ」
言葉づかいは変わらないが、口調には有無を言わせぬ迫力があった。
「少年、君が双子の女神様の姉を、手にかけた。月は女神様の死を意味している、違うかねぃ?」
「……ああそうだ」
アラタはうなずいた。そして言葉を続ける。
「ウルルシカの話を聞いたときから双子の女神ってのが気になった。もし片方がネプチューンのことなら、もう一人は重要参考人……いや、俺のカンでは敵だ」
族長の表情が変わった。真剣なまなざしで尋ねる。
「なぜそこまで憎むのかねぃ」
「言う必要があるのか?」
アラタは即答した。
「死人に聞かせる話はねえよ」
族長の体から、何かが折れる音がした。
「おまえ……さ……ん……」
「族長っ!!」
駆け寄ろうとするウルルシカをさえぎるアラタ。この老人はもうさっきまでの人物ではない。
(だが……いつの間に? この気配はついさっきまで感じなかったぞ)
「オォアアアアアアアアァァァ!!」
「族長……そんな……」
「ニニ、ウルルシカと一緒に下がれ!」
黒くぬめりのある触手の群れが老人の体を突き破って現れた! その姿は巨大なウジ虫のようだ!
「グンォオオ!!」
くぐもった声をまきちらしながら、アラタにむかって襲いかかる。だが――
「なめるな!」
アラタが拳を突き出すと、光線がほとばしる。その光に触れた怪物たちは悲鳴のような音を発しながら蒸発した。族長の体にひそんでいたモノたちは一撃のもとに消滅させられたのである。しかし……
「なるほど、素晴らしい力だ」
すぐに似て非なる黒いモノが空間からにじみ出し、人の姿を形づくった。体格は平凡だが得体のしれない威圧感がある。アラタはそれが復讐相手の一人だと直感した。ネプチューンと同じものを感じたからだ。だが男性(性別があるなら)だ……双子の片割れとは思えない。
「てめえは――!!!!」
「自己紹介しよう。僕の名前はティーガー、君の世界を滅ぼした4人のうちのひとりだ」
アラタの拳が再び輝き、光の矢となって放たれる。その威力たるや岩山を貫通するほどのもの。当たればひとたまりもないはず――なのだが……相手は微動だにせずそこに立っているだけだ。まるで効かなかったかのように……。それどころか何事もなかったように話を続ける。
「ふむ、ネプチューンを滅した力とは比べ物にならないほど弱い……この世界に気を使っているのかな」
「うるせえ!」
「君が存分に本気を出せるように、場所を移そう」
「……またどこかの滅んだ星に連れていくつもりか?」
「最も君の目的達成に近いところだよ」