第5話 天を駆ける者たち
「アラタ様、月が砕けたことをご存知でしたか?」
「空のあれのことか?」
アラタはくしゃくしゃになった服を整えながら答えた。
「知ってるというか……俺がやった」
「えっ?」
「え?」
ニニとウルルシカが同時に疑問の声をあげた。ふたりとも目を丸くしてアラタを見ている。
「どうした?」
「その……どのようなことをしたら可能なのかと思いまして。わたくしの想像では……とても高く空へ飛んで、叩く……そして割れる……? ですが、割っただけでは爆発しない……もしや月は火がつきやすい物で、アラタ様がこう……」
奇妙なしぐさで頭を悩ませるウルルシカを見て思い出す。”この世界”では、自分たちが暮らす大体を「星」と知る者はほとんどいない。闘技場の支配人がそうでなかったのは、ネプチューンの下僕だったからだ。宇宙や天体についての知識……アラタ自身、4人の仇敵を追って初めて知ったことだ。どう説明したものか……。
そもそも信じてもらえるのかわからない。しかし復讐のことを話したのだから、答えられるものはなるべく答えたいと思った。
「まずは……俺たちが立ってる場所はデカい球なんだよ。空にある星と月も同じで――」
アラタはかいつまんで説明を始めた。落ちていた小枝を使い、土に絵を書きながら。ニニとウルルシカは首をひねりつつも真剣に聞いてくれている。時折質問をはさみつつ話は進んでいった。理解しようと努力しているようだ。
「……というわけでだな、俺はでっかい球――つまり月をぶっ壊して帰ってきたんだ」
「なるほど……空をはるか高く登っていくと新しい大地にたどり着けるわけですね……」
「その解釈で問題ない」
多分。
説明が一段落ついたところで、ニニが質問を投げかけてきた。
「じゃあさ、あんたはどうやって月からここまで来たわけ? 爆発に巻き込まれたくらいで行き来できるとは思えないわ。すごく遠いんでしょ?」
「ニニ、ウルルシカ……自分でいうのもなんだが、俺の話を信じられるのか?」
世の常識をくつがえすような話にもかかわらず、ふたりは当然のように受け入れてくれているようだ。人に聞かせれば笑われるか、頭のおかしいやつだと言われるものだと思っていた。そんなアラタを見て、ふたりの少女は微笑んだ。
「わたくしは信じます。アラタ様の目をみれば誠実にお話されている……伝わってきますから」
「頭の中の常識がついていかないけど、あんなのを見せられたら何でもありに思えてくるわ」
「……そうか」
復讐のこと、世界の仕組み……思えば多くを語ったものだと、アラタ自身もおどろいていた。
「で、アラタはこの先どうするの? ネプチューンの他にも敵がいるみたいだけど」
「あと3人だ。おそらくこの世界にはいねえ……だが必ず見つけだしてやる」
敵は多くの世界を渡り歩き、滅ぼしていく者たちだ。これはネプチューンの言葉によっても裏付けされている。ならば他の惑星に手を伸ばしていると考えられる。捜索範囲はとてつもなく広大だ……いたずらに未知の世界へ行っても確率的には絶望的といえる。
「ネプチューンは派手に痕跡を残していたからたどり着けた。ここから先は……どうやって行き先を決めているのかわかれば……”アレ”に書かれた奴らの文字が読めれば……」
文字――ふと思いついたことがある。
「ニニ、お前……いろいろな国の言葉を覚えてると言ってたよな受付嬢は難しいとかなんとか」
「そうよ。まあ辞めちゃったし、もう自慢する気ないから」
「頼みがある。ウルルシカも来てくれ」
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同時刻、ある場所にて――
深遠の闇の中に黒い液体がにじむ。それが次第に人の形を成していく――体型は成人した男のものだ。”彼”の前には巨大な球体が静かに浮かんでいた。球体が裂け、中から獅子に似た頭を持つ、鍛え上げられた肉体……あるいは甲冑を身に纏った者が現れた。
「……来たか、我が友”ティーガー”よ」
「13時間ぶりだね”ガイアス”。僕を呼んだのは……例のことかな」
「そうだ。ネプチューンが死んだ」
ティーガーと呼ばれた漆黒の人型生物は頷いた。
「同時に”811001-2”の爆発が確認された……ネプチューンの箱庭の近くにある衛星だ」
「お前のこと、すでに解析済だろう? 話せ」
「”理力”の推定値は”約0.71561005カイ”。異常極まりない……ブラックホールの衝突すら遠く及ばない数字となれば、何者かの仕業と考えるのが自然と思う」
「強いな……心当たりは?」
「ある。けれど少し時間をくれないか。より詳しく調べて考えを整理したい」
「慎重な男だ。そういうところは何億年たっても変わらぬ」
「君もね」
「……この”ゲートシップ”は80時間後に着陸する予定だ。それまでに思案を済ませておけ」
「わかった、時が来たらまた会おう。罪深き我が友よ」
ティーガーはそう告げると、音もなく空間に溶けて消え去った。あたりは再び静寂に包まれた――
「”ウラヌス”はやって来ぬか……姉が殺されたのだ。飛び出していくのも無理はない」
残されたガイアスもまた思案を張り巡らせている様子だった。
「あの姉妹が加わったのは7万年前……0.71561005カイ程度でやられるようでは、どのみち長くはなかったかもしれん」
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「これが、奴らから奪った乗り物だ。なんて名前なのかは知らねえ。俺は船って呼んでる」
「すごい。屋敷と同じくらいの大きさだわ……」
「大きな箱のようですが……これが空を飛ぶのですか? まるで……」
アラタは森に隠していた”船”をふたりに見せたところだった。巨大な金属製の物体を前にして、少女達は興味津々といった様子だ。
「まるで伝承の”天駆ける方舟”に瓜二つ……」
船の中に乗り込むとき、ウルルシカが小さくつぶやいた。