第4話 黒い星の戦い
アラタは黒い大地に立っていた。地平線まで広がる焦げた地面、星のない夜空。すべてが黒く、冷たい静寂がただよっていた。
「ここは……俺の故郷? いや、似ているが違う」
「正解よ」
ネプチューンの声が風に乗って耳に届いた。アラタは怒りに満ちた目で声の方向に視線を向ける……全く気配を感じなかったが、たしかに彼女がそこにいた。
「あなたの世界と同じ結末をたどった星……名前はもう忘れてしまったけれど」
「……そうかよ」
アラタは短く答える。その怒りが周囲をゆるがし衝撃波となった。一瞬で距離を詰め、敵の頭に蹴りを放つ――手ごたえはなかった。ネプチューンの姿が再び消えていたのだ。
胸に渦巻くのは強烈な衝動だった。直感に導かれるまま、彼は何もない空間を蹴りあげる。すると、ネプチューンの姿がわずかに遅れて現れた。
「貴様らが燃やしたのは……燃やしたのは……俺たちだけじゃねえってことかああああああああ!!」
怒りの咆哮をあげ、怒りのままに連撃をくりだす。
「”転移”の先を探知した……なんて人なの……」
ネプチューンは恍惚としながら、”転移”で攻撃をかわしつづけた。
「たくさん火をつけたわ……何万年もずっと。いつも同じ結果になるのがつまらなかった……。でも、初めて生き残った現住人があらわれたの! そう、あなたのことよ。今も昨日のことのように思い出す……ああ、その目、その闘志。あのときよりも遥かに深くて濃い……とても素敵よ……」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえ!! てめえらは皆殺しだ!!」
「もっとよ……もっと私を見て。追いかけて。”終末の炎”に耐えた力で、私を襲ってほしいの……でも……」
「いつまでも逃げられると思うなよ!」
何度もくりかえすうちに、少しずつ攻撃と転移のタイミングが近づいてきていた。あと数回で確実に捉えられる……!
「求めあってこそ愛。私からの贈り物よ、かわいい人」
そのときネプチューンが空間を愛撫した、すると――
「『転移式隕石砲』」
指先から大きな岩が現れ、すさまじい速度でアラタを襲った。反射的にかわし、わずかに衣服をかすめる程度ですんだ。岩はそのまま真っすぐに飛んでいき、地面を大きくえぐり取ったあとに消滅した。
「チッ、あれも”転移”ってやつか!?」
また来る!
煙と埃が舞い上がる中、アラタは神経を集中させる。
「うふふ、これはどう対処するのかしら……『転移式隕石多段砲』」
無数の隕石が連続して放たれる――途切れることなく。まさに物量の暴力というべき技だ。しかし――
「うおおおおおおおお!!」
ある種の力押し……敵が狙いを定めるよりも素早く横に動いてよけるアラタ。
「がんばってくれるのね。今度こそつかんで、抱きしめてあげる」
ネプチューンの手が動くと、あらゆる方向からおびただしい数の隕石が現れ、アラタをめげけて降り注ぐ。
空から、横から、そして地面からも……逃げ場はない。
隙間をぬってかわそうとするが、それもすぐに塞がれる。ドーム状に敷き詰められた隕石が狭まっていき……。
「『転移式隕石婚』」
「くそっ!!」
巨大な衝撃音と共に、隕石群がアラタを押しつぶした。あたりを包む砂煙が晴れると、彼がいた場所は岩が積み上がった山と化していた。
「……今までで一番、胸が高なる時間だった……さあ、そろそろイかせてあげるわ。私の手で、イって……?」
ネプチューンは岩山にぴたりと体をかさね、愛おしそうになでた。それから自分の肢体へゆっくりと手を滑らせていき、胸、下腹部と指を這わせていく。まるで愛しい恋人と肌を重ねているかのように……彼女は恍惚とした笑みを浮かべていた。腰をくねらせ熱い吐息を漏らす姿は淫猥そのものであった。
その時。
「なめるなあああああああああああ!!」
「!!」
「捕まえたぜ、こいつで終わりだ!!」
「ああっ……やっぱり素敵……」
「くらいやがれ!!」
「あなたを……」
「ファイナル……」
「愛して……」
「バスタァァァァァァァァァァ!!!
アラタが放った光線がネプチューン、そして大地と星をも貫いた。ネプチューンは圧倒的な力によって消滅し、この世界から一切の痕跡を失った。
「やった……!」
アラタは勝利の息を吐き出した。
余韻にひたるまもなく、地面が強烈な震動を起こしはじめた。大きなうねりが広がり崩れていく。
核を破壊された星が、最後の時を迎えたのである。アラタは静かにたたずみ破滅的な光景を見守っていた。
足元から光が吹き出す。光は次第に強くなり――
「まずは一人……」
星の爆発の中に、アラタは消えた。
***
アラタとネプチューンが闘技場から消えた後、観客はしばらく呆然としていた。やがて困惑の色を残しつつもひとり、またひとりと客席を離れて帰路についたのだが……その夜、街はパニックになっていた。
「月が爆発した!」
空の異変が住民を恐怖に陥れた。家に隠れる者、見上げる者。月があった場所には巨大な光の塊が広がりつづけ、飛び散った破片群もはっきりと見える。
***
丘の上では、ニニとウルルシカが夜空を見上げていた。ふたりもまた、月の破壊に不安を感じずにはいられない。
「私達、どうなるのかしら……」
「あの方はいずこ……ご無事であればよいのですが……」
その時、ひとつの流れ星が輝きを放ちながら、天を駆けていくのが見えた。二人が両手を合わせて祈りをささげる。
「あいつが無事でいますように……お母さんも……あと、えっと、誰かいるかな……」
「もう一度、あの方に会いたい……」
流れ星がいっそう輝きを増し――
ドゴォォォォン!!
2人の目の前に落ちた。
ぽっかりと空いた穴から煙があがり、熱気がじわりと伝わってくる。
「ニニ殿、お怪我はありませんか!」
「うん平気……見てウルルシカ、何か動いてるわ!!」
「下がってください、ここはわたくしが!」
人間の子どものような腕が穴の中から這い出てくる。それは確かに生きており、意思をもって動く存在だった。穴から身を起こしたそれを見て2人は驚愕した。
「ぐ……うまく着地できたと思ったんだが……地面が柔らかすぎたか」
「あ……あ……アラタ!?」
アラタは全身をすすと汚れに覆われた姿で、しかし無事だった。
「アラタ様っ!!」
ウルルシカが声をあげて駆け寄る。彼女の目には涙が溢れ、アラタを強く抱擁した。
「おお……また会ったな……待て、いったん離れろ、服が汚れちまうぞ」
「いやです、離しません」
ウルルシカはそういうと、ますます腕に力をこめた。アラタの髪に頬をうずめてすりつけてくる。
「おかえりなさいませ、アラタ様……」
(おかえりなさい、か。長い間、聞くことがなかったな……世界が燃えた日から……いや、待てよ?)
昨日、屋敷でウルルシカが同じ言葉で出迎えたのを思い出した。
「……そうか。何も見えなくなってたんだな、俺は」
彼は御前試合が決まってからの自分の態度を思い返し、今はウルルシカの好きにさせておくことに決めた。
ふと、こちらの顔を覗き込んできたのはニニだ。彼女も目をうるませていた。
「まったく、どうやったらそんな帰りかたになるのよ……」
「上から来ればこうなるに決まってんだろ」
「意味わかんない……でも、おかえり」
すっかり汚れが移ってしまったウルルシカと、やれやれといった様子のニニに、あらためて言った。
「まあその……なんだ。ただいま」