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第3話 一人目の仇敵、ネプチューンあらわる

 翌日の朝、アラタは再び闘技場へと足を運ぶ。近づくにつれ彼の表情が引き締まっていく。朝の光を受けて長い影を伸ばしながら。

 支配人との面会は、静かな応接室で行われた。重厚な家具と芸術品のきらびやかさが、裕福さを物語る。


「……総督は明日、来られるそうだ。急いで試合の用意をしている」


 アラタは支配人の言葉に耳を疑った。昨日の今日である。だが歯をガタガタとならし、顔から汗をしたたらせる様子からして本当なのだろう。初めて会ったときの堂々とした態度はすっかり影を潜めていた。


「ずいぶん早いな。お前んとこのお偉いさんはよほどヒマらしいな」

「総督は我らにとって雲の上の存在だ。何をするにしても想像をはるかに超えてくる」


 空気は緊張で張り詰めていた。


「お前は……いったい何者なのだ? あのお方の名前、さらに女だと知る者など限られているのに、お前は迷いなく口にした。ただの子どもとは思えん……!」

 アラタはニヤリと笑って答えた。

「この大地を”星”と認識してるやつも普通じゃねえ、違うか?」

「!!」

 支配人の顔から血の気がいっそう引いた。アラタはゆっくりと立ち上がり、部屋を後にした。



 闘技場を後にしたアラタは足早に街の喧騒を抜け出し、はずれの林へと向かった。聞こえるのは風にそよぐ木々のざわめきと鳥のさえずりだけだ。一本の木に背を預け、深く目を閉じた。彼の表情は厳しく、内に秘めた復讐の炎が燃える。


「明日……か。来やがれ……必ず、この俺の手で……!!」


 彼は絞り出すようにつぶやいた。


***


 屋敷にもどったアラタを出迎えたのはウルルシカだ。


「おかえりなさいませ」


「……明日だ。明日ネプチューンが来る」

 険しい表情のまま、アラタは告げた。


「……すぐ、ですね。もう少しゆっくりできると思ったのですが……残念です」

 一瞬おどろくそぶりを見せ寂しそうにうつむくウルルシカだったが、アラタはかまうことなく自室へ直行。決戦にそなえて瞑想に入る……壁のむこうからニニとウルルシカの会話がわずかに聞こえたが、今の彼には振り払うべき雑音でしかなかった。そのうち空腹も感じなくなった。



***



 翌日。

 闘技場にて、いよいよ御前試合が始まろうとしていた。アラタの一行はそろって控え室にいたものの――


「……信じらんない、昨日からずっと黙ったままなんて。何かこう……何か言いなさいよ……これじゃあもう二度と会えないみたいじゃない……」

「アラタ様……どうかご無事で……」


 入場口から漏れ出るざわめきが建物を揺らすほど大きくなり、やがて統率された号令になっていった。先日とは比べものにもならない強烈で……血を求める暗さはない……情景と羨望をはらむ叫びだった。ネプチューンが招待席にあらわれたのだとわかる。


 アラタは入場口へと歩き出した。


「あばよ」


 そう小さく言い残して。



***


 通路の途中で支配人が待っていた。昨日とくらべて頬はやせこけ、かつての威厳はもう感じられない。

「あああぁぁぁああアラタ……貴様さえ来なければ……あぁぁぁ……なぜだ、なぜ……」


 恨み言を背にうけつつ、通路の影から闘技場の中心へと進み出た。さまざまな言葉を浴びせる観客席には目もくれない。


「屋敷を出る前から感じてたぜ。貴様の気配を……!」


 観客席からのざわめきが徐々に大きくなる中でただ一点、招待席に座るネプチューンを睨む。


 ネプチューンの外見は妖艶な美女。きらびやかなドレスをもってしても、その豊満な肉体を隠し切ることはできない。さっきの盛り上がりからして、周囲の男を魅了しつくしたことは明らかだった。これから試合が始まるにも関わらず、視線のほとんどがアラタのほうを向いていなかったのである。


 対戦相手も同様だった。



「はァァァァァ〜! たまんねェぜ、ヘヘヘヘヘ。ヤりてェなァ……オッオッやべっ、オホッ!!」



 チャンピオンが下品な笑い声をあげながら、ようやくアラタの方を向いた。

「……おっといけねェ、試合だったな。オイまた会ったなクソガキボウヤ。前回はうっかり”転んじまった”が、今度は違うぜ。この大剣を見ろ!」


 自身の身長を超えるほどに巨大な武器をわざとらしく振り回すチャンピオンだが、アラタはまったく聞いても見てもいなかった。


「よゥし、まずはネプチューン様に覚えてもらうとするか。俺という極上の男がここにいると!!」


 獲物を狩る猛獣のように、アラタを襲う。


「そして俺の名を! 我が名は――ゴバァッ?!?!?!」

「うるせえよ」


 チャンピオンの体が大きく弾んだ。地面を数回跳ねたあとはぐったりとノビてしまったようだ。




「ネプチュゥゥゥゥゥゥン!!!」

 アラタが招待席にむかって跳躍する。雷鳴のような地鳴りをともない、一直線にネプチューンに到達した。

「死ねえええええええええええ!!!!」


「バカな子……」

 ネプチューンは落ち着いた手つきで空間をなぞり、それがアラタの手刀と交錯する。

「なにっ!?」

 首を狙っての一閃だったが、敵の姿が一瞬のうちに消えていた。虚しく空を切る手刀、やや遅れて発生した真空波が招待席を大きくえぐる。


「ウフフ、残念ね?」


 背後からの声に対してキックをしかけるが、またも空振り。そこにネプチューンはいなかかった。

「せっかくの再会だもの。まずはふたりきりになりましょう……かわいい人」

「貴様!」

 どこから聞こえるのか判別できない。不可解な感覚がアラタの全身を襲った。





 アラタとネプチューンが、闘技場から消えた。はじめからいなかったかのように、跡形もなく。

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