第2話 復讐の脇道
***
闘技場の支配人を屈服させたアラタは、街の一等地にたつ屋敷を手に入れた。地位の高い特別な客のために用意された宿泊施設だ。
今、この屋敷にはアラタと女剣士、そして”元”受付嬢のニニがいる。
「……よしっ、包帯を巻き終わったわ、もう動いていいわよウルルシカ!」
「ありがとうございます、ニニ殿」
「お礼なんていいって。あなたの出場を受け付けたのは私だもの。試合に送り出した責任を果たしたまでよ」
「おい、もう入っていいか?」
寝室の外からアラタが声をかけた。女剣士ウルルシカが全身に受けた傷を手当てするには服を脱ぐ必要があったため、席を外していたのだ。
「ええ、どうぞお入りください」
アラタが入ってくるなり、ウルルシカは深く頭を下げた。
「このたびは危ないところを救っていただき、なんとお礼を申し上げればよいか……本当にありがとうございました」
アラタは肩をすくめると、くつろいだ姿勢で応じた。
「いいってことよ。おかげで闘技場のやつらに強烈な印象を持たせられたからな」
隣のニニが頷きながら、声を弾ませて応じる。
「うんうん、美しい女剣士を変態チャンピオンから守ったんだものね。私も受付を辞めてスッキリよ」と彼女が付け加えると、その声は前の仕事への縛りから解放されたものだった。
アラタは苦笑いした。
「お前、聞いてもないのに”最年少で合格した”とか自慢してたじゃねえか」
「そうね……浮かれてたんだわ、私」
自嘲気味に返した彼女は、目を閉じて物思いにふける様子だった。
「小さいころからとにかく勉強して、良い仕事につきたかったの。お母さんと私をバカにした連中を見返すためにね。それで受付嬢になったんだけど……今日の支配人とチャンピオンを見てたら幻滅しちゃった。このままじゃお母さんに自慢できない」
「母親か……」
アラタは深く息を吸い込み呟いた。
「未練はないわ。優秀な私を雇う人には気高さとカリスマが求められるの、もちろんお金もね! あいつらは失格よ、失格!」
強気にふるまうニニを気づかうように、ウルルシカが目を伏せた。
「わたくしの両親は……幼い頃に亡くなりました。ニニ殿の想いが報われることを、願ってやみません」
「うん、ありがとう。さて、次はあなたよ、アラタ」
「ん?」
「花も恥じらう女の子が、自分の過去を話したのよ? あなたのことも少しは聞かせてよ」
アラタは少し考えるそぶりを見せたあと、ゆっくりと口を開いた。
「……俺はすべてを失った」
表情を変えずに、どこか遠くを見つめながらアラタは語る。
「とつぜん空からあらわれた4人の影が……光の球を落とした。光はどんどん大きくなって、町も山も空も……何もかもを焼き尽くした。俺以外のすべてが灰になった……俺は絶対にあの4人を殺す……ネプチューンはその一人さ」
アラタが手のひらを開き、炎をともすような仕草を見せると、二人は息をのんだ。理解できたわけではないだろう。だが彼はそれ以上を語らなかった。沈黙が訪れた部屋のなかで、風が窓をたたく音だけが響いている。
最初に言葉を発したのはウルルシカだった。
「その……アラタ様は、お一人で復讐を成すおつもりでしょうか? ぜひ、このウルルシカをお連れください」
彼女はまっすぐな目でつづける。
「幼い頃より”受けた恩義を必ず返しなさい”と教えられてきました。アラタ様はわたくしにとって恩人です……なんでもしますから、どうか貴方様のお供に」
熱のこもった声に迷いはない。だが――
「ダメだ。闘技場での戦いがガキのお遊び……いや、それ以上にかわいく見える世界だ。他人が関わる余地はねえ。死ぬぞ」
アラタもまっすぐに拒絶の意志を示した。だがウルルシカは食い下がる。
「かまいません。命を救ってくださった方のために尽くせるのなら、本望でございます」
何度かの言葉を交わしても、お互いがゆずらない。平行線の様相に一石を投じたのは、二ニだ。
「このままじゃ埒が明かないわ……ねえアラタ、あんたネプチューン総督が来るまでこの家にいるんでしょ? それまで生活の手伝いをするっていうのはどうかしら。私はウルルシカの経過観察をするわ」
「えっ!?」
声を上げたウルルシカだったが、ハッと我に返ったように口をつぐんだ。
「勝手に決めんじゃねえ……と言いたいところだが、筋は通ってるな。この屋敷なら休息するにはうってつけか」
「おそばにいてもいいのですか?」
「好きにしろ。ただし無理はするな、しっかり休め。それと……そろそろ新しい服を着ろ、俺のコートを返せ」
言われてすぐにウルルシカの頬が紅く染まった。露出自体は抑えられてはいるものの、彼女は包帯のうえにアラタのコートを羽織ったのみだったからだ。
「も……申し訳ありません!」
激しく動揺しながらチャンピオンに破られた衣服を必死に巻きつけるものの、砂まみれになっており着心地がよくないのは明らかだった。幸い、ニニが部屋のドレッサーから適した服を取り出してくれたため、すぐに身なりを整えることができたのだった。
***
「ふ~んふんふふ~んふふふ~ん♪」
厨房で大きなフライパンをゆらしながら、ニニが上機嫌に鼻歌をうたう。調理台には様々な種類の肉・野菜・調味料が並べられており、これから作られる料理の豪勢さを物語っている。アラタが手に入れた賞金で買いそろえたものだ。
アラタとウルルシカはテーブルでごちそうの完成を待っていた。
「はぁ……とてもいい匂い……食欲をそそります」
「確かに。俺一人だったらそのまま焼くだけで食っちまうだろうが……ニニのやついい仕事するじゃねえか」
ふたりともそわそわと落ち着かない様子だ。やがて、ニニが完成した料理を持ってやってきた。大皿に載せられたステーキであり、鉄板の上でジュウジュウと音を立てている。副菜とパンもたっぷり用意され、テーブルがたちまち皿でいっぱいになっていった。
「さあ召し上がれ!」
「まあ、たまには悪くない……か」
大きな肉をほおぼりながら、アラタは小さくつぶやいた。