第1話 闘技場の新星
闘技場にて、一人の受付嬢がいた。荒くれ者から孤高の求道者、ホラ吹きの酔っ払いまで相手をしてきただろう彼女が、両手をばたつかせるほど慌てている。
「ちょ、何をしているのキミ!?」
少女の声は喧騒をきりさくほどに大きかった。
「出場登録してんだよ」
青いコートに身をつつんだ少年は平然と返す。
「あのねぇ、って……わあキレイな字……コホン。あなた“アラタ“っていうのね。ねえアラタ、ここがどこだかわかる? 怖い人たちがケンカをするところなのよ」
「喧嘩なんて生ぬるいもんじゃねぇ、生殺与奪のにぎり合いで客を楽しませるんだ。全部わかってる……さて、控え室はあっちか」
アラタが闘技場の奥深くへと歩き始める。少女はすかさずカウンターを飛び出し、進路を遮るようにして彼の肩を掴んだ。指がくいこんでシワができるほどに強く。
「子供が来るとこじゃないって言ってるの。出場するなんて絶対ダメよ!」
「……あんたも受付嬢にしちゃずいぶんと小柄だな。この闘技場で一番若いんじゃねぇか?」
「あら、わかる? 受付嬢ってね、すっっっっごく難しいお仕事なのよ。世界中からいろんな人が集まってくる……だからいろんな国の言葉を覚えなきゃいけないの。お金の計算だってたくさんするわ。そんな受付嬢の採用試験を13歳で合格したのがこの私、“ニニ”よ!」
「俺と4つ違いか。もう少し上だと思ったぜ、じゃあな」
「待てっつってんの!!」
アラタはニニの押し返しにびくともせず、平然と歩みを進める。二人のやり取りに気づいた周囲の客たちから、笑い声や応援の声が上がりはじめたころ、老人が間に割って入った。
「いいだろう。出場を許可する」
「し……支配人!?」
ニニは驚きを隠さなかった。老人は細い体格だが、毛皮をふんだんに使った衣装と、無数の宝石・貴金属に身を包んで独特の雰囲気をまとっている。
「アラタと言ったな。控え室よりもいい場所へ案内してやろう」
***
進む廊下は薄暗く、床は硬い砂で覆われていた。建物全体が震えるほどの大歓声が前方からよく聞こえる。進んだ先は闘技場の中心。出場者が己の命をかけて試合をする場所だ。
今は屈強な体格の大男と、細身の女剣士が間合いをとりあっている。
「人はみな“禁忌”への憧れを持っている。あってはならないことなど、起きてはならない。だが実は誰かが起こすことを願っている……我々に与えられた”平和”にとって最大の敵は”退屈”だ。そして退屈を打ち倒す最高の武器が”禁忌”だ。安全な場所で、とりかえしのつかない罪が侵される瞬間を目の当たりにしたとき、甘美が訪れる。闘技場は、彼らの願いをかなえ酔わせるための場所なのだ」
アラタは前を見据えたまま黙って聞いている。
「お前のような子供が出場したところで殺し合いにはならん。あれを見ろ」
支配人は指差した瞬間。砂が舞いあがるほどの喝采の中で、大男が相手の胴体に、強烈な回し蹴りをめりこませた。女剣士が膝をついて倒れる。
「彼がチャンピオンだ。かつては傭兵だった……敵の血しぶきが絶えずふきあがる戦いぶりから、赤い翼と呼ばれた男だ」
「へぇ……だが今は血しぶきをあげてないな」
「あまりに早く決着がついてしまってはつまらない。私が提案した。武器を使わずじっくり攻めろ、盛り上げてくれれば報酬を上乗せするとな。やつは素手でも強い……猛獣と戦わせたところ、たった2分で絞め殺したよ」
チャンピオンが邪悪な笑みを浮かべながら、女剣士の衣服に手をかけた。
「敗者がむかえる結末……人をひきつけるのは勝者の勇姿よりも悲劇だ。子供に見せるのは少々過激だが……問題あるまい。次はお前がチャンピオンの手にかかるのだ。フフフ……いまさら逃げることは許されないぞ。殺戮ショーの犠牲者は幼い子ども……素晴らしい禁忌だと思わないか?」
***
「ひと目で思ったぞォ、こいつは上物だってよ」
「くっ……放せ……!」
「支配人から盛り上げろとしつこく言われててな。まァ好き勝手やりゃ客は勝手に騒ぐ。殺りあいはここまでだ、ここからは仲良く楽しもうじゃねェか!」
血を求める熱狂と歓声が、別の色を帯びて渦を巻く。女剣士が振り払おうともがいても、チャンピオンの丸太のような腕はびくともしない。いよいよ彼女の服が破かれた。
「……!?」
白い肌があらわになるはずが、青……女剣士の体に、青いコートがかけられていた。
ドゴォッという轟音が響き渡り、チャンピオンの巨体が地面に横たわった。観客席は、一瞬の出来事に静まり返った。
立ち上がったチャンピオンの前に、アラタが立っていた。いつの間にやら女剣士の肩を抱きかかえ、支えている。
「こんな見世物で熱狂するとは世も末だぜ」
生意気なガキだ、やっちまえ!
期待していたものと違うものを見せられた客が叫び始めた。
「……ハッなるほど、ボウヤが次の対戦相手ってわけか」
チャンピオンは余裕の態度を保っていたが、つりあがった口元は微かに震えていた。
「いいぜ、強いやつには飽きてきたとこだ……どこから来たか知らねェが、楽に死ねると思うなよ。ボーナスゲームは楽しまなくっちゃ、なァ!」
砂けむりをあげた鋭い突進。しかしアラタは、振り下ろされる拳を紙一重でかいくぐり、鋭い突きをチャンピオンのみぞおちに叩き込んだ。巨体がわずかに浮き上がり、崩れ落ちた。
闘技場をつつむ静寂。アラタは振り返って女剣士に声をかけた。
「歩けるか?」
「はい……あの、あなた様は?」
「ここの支配人に用があってな。ガキの言うことをマジメに聞くような輩じゃねえから、ちょいと暴れてやったのさ」
***
入場口にもどったアラタは、腰を抜かしてへたりこむ支配人にすごんだ。
「おいジジイ、勝ったぞ。報酬を用意してもらおうか」
「なななな……何が望みだ? 金なら、金ならいくらでも出す。さっきの話が気に入らなかったなら詫びよう。その剣士をお前のものにしていい。そうだ、さっきの受付嬢もつけるぞ、数年もたてばきっと……」
「黙って聞けよ」
「ヒィッ!?」
後ずさりをする支配人が壁にぶつかった。逃げ場はない。
「ネプチューンという女をここに呼べ」
「……まさか”女帝ネプチューン”のことか。この星を統べる総督閣下だぞ! 一体どうやって……」
「うるせえ、段取りは自分で考えろ。いいか、やつを特等席に座らせ、俺に”御前試合”をやらせるんだ。喜べ……とびっきりの禁忌を特等席で見せてやる」
アラタは一緒についてきた女剣士を指さて付け加えた。
「……ついでに、ネプチューンが来るまでの滞在場所も用意してもらう。良いところにしろ、怪我人がゆっくり休めるようにな」