人の証
「帰ろうよマーリン。」
私が言うと、マーリンはこう返事した。
「おっと、まだその剣の試し斬りがまだだぜ?」
「あ。」
「ささ、ここは結界外だ。適当な魔物を見つけてごらん。カリバーンなら触れるだけジュッ!と倒せるよ。」
と、突然私の服の襟を引っ張るマーリン。
…え?
こんなにか弱い引きこもりの少女に、何の訓練も無しに虎穴に入れと言うの?
「ここらで魔物の被害が出ているらしい。その魔物を何匹か倒しておいでごらんよ。探知すると雑魚ばっかりだから、アリスでも充分に相手できる。特段、変な事しなきゃ死なないと思うよ。」
「死ぬ!?思う!?」
「ははは。」
ずりずりと私を引っ張る。
私の亀以下の瞬発力と、猫以下ののスタミナの身体能力を考慮していないのか、この鬼は。
「こ、心の準備が」
「いけるいける。just do it !頑張れ!新米魔法少女!」
「がーっ……むーッ…………」
私のささやかな抵抗は虚しく、私は公園の森に剣と共に放り出された。まさかマーリンが、こんなに無茶苦茶な教育の価値観をお持ちだったとは。
「ここで待ってるからね〜」
なんて、森の入り口でマーリンは適当に言った。
「なんでアンタは付いてこないのよ!」
「こういうのはね、スパルタが一番いいの!特に根性無しを鍛えるにはね。私が付いていったら、君はつい私を頼っちゃうでしょ?実戦の経験を積むチャンスは存外少ないんだ。だからこうして、私は泣く泣く君を魔物の巣窟に放り込んでるワケ。最低5匹くらいは倒してきなさいよ〜。」
「親ライオンか、アンタはーッ!!」
無茶苦茶だ。1000年前の教育の価値観をこの肌で感じる。
「覚えてなさいよ、マーリンー!!!」
私はヤケになって森の中に入る。
……もう足掻いても仕方ないことを悟った私は鞘から剣を抜き、及び腰で辺りを見回す。
市街地とは違う重苦しい雰囲気に呑まれないよう、必死に気持ちを落ち着かせる。
この森は不気味だった。
人がいない。
鳥がいない。
虫さえいない。
どうしようもない死の気配。
耳を澄ませて聴こえるのは、私の腕時計のチクタク音だけ。
歩いているとまず1匹、小さな魔物を見つけた。
その特徴的な羽からコウモリ種の魔物だと推定できる。
だいぶ弱い種族の筈なのだが、やっぱり、絵で見るのと、実物を見るのは違う。
それは、私に気づくと、
キィー!!!!と大声で私に威嚇し、
思わず私も同じくらいの悲鳴をあげてしまった。
りんご5個分くらいの大きさの体のどこから、そんな威嚇が出るのだ?
「ギャーー…!来るなーーーーー!!!」
と、私が剣を振り回す。
ひどい絵面で、こんな戦闘で普通魔物を倒せるわけがない。
だが、剣の力は私が思う以上に絶大だった。
ジュッ、と。
…その魔物は、剣に触れるだけで溶けてしまった。
「うわっ!溶けた!?なんて力…魔力増幅の力か…?うーん、完全に魔術の相対性理論ガン無視の剣ね…」
と、私はこの剣の魔術理論を考えてみるが、現代の魔術学科では、想像もつかないような構造になっているんだろう。
一ミリも構造がわかる気がしなかった。
それに伝承では、飛び道具避けの加護まで有しているという。
無敵の剣だ、私に釣り合わないほどの。
と、そうしていると、また魔物を見つけた。
それは、私に気がついていないらしいので、木の影に隠れ、不意打ちを狙う事にした。
その魔物はただひとりで、そこを徘徊していた。
太い腕に似合わない細い脚。魔物のその目は、ただ見るだけに付いていたような不気味さがあった。ただ何かを殺すために、生まれた存在。
特徴からしてゴブリン種であろう。
それ程まで強い魔物では無いが、数が一番多い魔物でもある。
そのためゴブリン達は普段群れを作っている。それ故に、こうやってひとりでいるゴブリンは珍しい。これが好機だと思った。
さっさとノルマを達成して帰るんだあーと、私が飛び出した時ー
「何やってんの、馬鹿っ!!!」
「え?」
と、突然の女性の声には、そう返すしか無かった。
魔物はその声がした方向を向き、私はその隙を斬った。
その体をするりとカリバーンは断つ。こうして、そのゴブリンは確かに消滅した。
魔力で編まれたゴブリンの氷の体は溶けた。
完全に悪手だった。それを待っていたかの様に、仲間の魔物が次々に現れた。
このゴブリンは、囮――そう気付いた頃にはもう遅い。
魔物の群れは私を見、飛び出して来た。
「チッー………………!」
と、先程の声の主の少女が飛び出て――
それと同時に、大きな爆発が起こった。
「……ッ……!」
目の前の爆発の威力は凄まじいものだった。
爆発により、木は色を失い、草木生い茂る地面は途端に焦土と化す。この威力は固定魔法のスイッチ地雷式設置魔術……!
目算だが、お陰で魔物の大群のほぼ全ては壊滅した。
しかし少女は炎の森の中に突っ伏していた。彼女は、自分の爆弾の熱波をモロにくらったらしい。
「ぐ…………う」
彼女は喘ぐ。
「大丈夫……じゃ無いわよね。」
「いいから…さっさと、アンタは……逃げなさい…」
彼女はそう、か弱い声を振り絞り、私にそう伝えた。
逃げる?
彼女の体の一部が焼け爛れている。
四肢がついているのは奇跡だと思えるほど、彼女の身体は脆く感じた。触れれば崩れてはしまわないか。そう思うほどだった。
逃げる?
彼女は魔物の罠に気づいていたのだ。
それ故の地雷設置。
恐らくは威力を調整してから爆破する算段だったのだろう。
だが地雷魔法は威力の調整が難しい。それ故地雷の設置には多くの時間を要す。威力が調整されていたら地雷は魔物の命のみを刈り取っていただろう。
だが、そこに私という変数が登場したせいで、想定外の場所、威力、時間で地雷が起爆してしまった。
そうして、彼女は爆発に巻き込まれた。
彼女の自爆の責任は、私――。
爆発のお陰で魔物はほぼ駆逐されていた。
だが、仕留めきれていなかったのだろうか。ひとつ、強い魔物の気配を感じる。
魔力の黒煙が大気に漂っているのにも関わらず、その気配がはっきりとわかるために、その力が、あまりに強大であると感じ取れる。
……その気配は、だんだんと近づいて来る。
これは私の責任だ。
これは、私のせいなのだ。
逃げろ。
彼女の言葉が、頭に響いていた。
来るなと願っても、その祈りは無駄に終わる。
魔物はこちらに冷たい目線を向けている。
この魔物はゴブリンの変異種だろうか?
その身体は大きく、大群を率いるに相応しい風格を持っていた。
先程の爆発の熱波にすら耐え、足を引き摺りながらでも此方の行動を見定めている。
こちら動けば瞬間に、そいつは私の首を取りにくる。
この少女を抱えての逃亡は不可能だろう。
怖かった。
怖かった。
これが『死』の匂い。燃えあがる紅い森で思う。
私ひとりでやらねばならない。
逃げられない、逃げる事はできない。
頭に浮かんだのはただひとつ。また逃げるのか、という、ただ一つの自問。
浮かぶのは、あの騎士の姿。
私が欲しかった、あの、無敵の力。
その決意に応えるかのように神聖な光を放っていた。
「……ハ、アァァァ―ッ!!」
一心不乱に敵の懐に向かって走る。
もう、自分の身なんて関係は無い。
逃げれば、私は今度こそきっと、終わってしまう。
魔物は唸った。拳が私の頭蓋を砕くのと、どちらが速いか。
これは、力不足の少女なりの、あの夢の再現。
だから、どちらの方が速いかなんてのは最初から決まっていた。
「力を貸して…カリバーン……!」
そして、決着は付いた。