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ひきこもりは外に出る



―4年。

私が外気を避け、世間というものから離れ逃げ続けていた年数の重さを数値にしたものだ。

私は今、4年ぶりに外出をした。


ただ、厳密にするならば外に出るという行為自体はしばしばしていた。

例えば。父に頼まれての買い出しや、母に勧められた散歩などである。が、そこには自分の意志というのが無かった。

ただ他人に言われ行動するだけでは、引きこもりからの卒業など一歩も踏み出せていないのと同義。


自分の意志で。『何かを』する為に。

私には、その『何か』というのが欠けていたから、4年も自分の殻で燻っていたのだ。

死んで、いたと、そう変わらない。


『何か』。

それがなければ。

どんな人間だって、瞬く間に廃人にしてしまう。

自分がするべき『何か』。

それは、本来自分で見つけるべきなのであって、

こういった、どんなに奇妙な転機であっても。

私は今、とてつもなく運が良いのだと思う。


そんなことを、今ぼおと、朝の寒空の下考える。


「ここでいいかな。」

マーリンは足を止めた。

ここはリン州のブリッジ駅から徒歩数分にある、救世主の記念公園である。


「ここはね、1000年前の滅びの冬との戦いの最前線だった場所なのさ。蓄音魔術は場所に縛られるから面倒だなぁ。デジタルカメラみたいに録画できれば、もっと便利なんだが。」

「うん……そうね…」

10キロ。

引きこもりにはだいぶキツい距離を歩かされた。

朝、家から出た時に低い位置にあった太陽はもう空高く昇っており、正午が近いことを示していた。私の足はもう既に棒になっているし、この寒さの中で汗すら垂らした姿を見てマーリンは呆れていた。


「アリス……君、まだ猫の方がスタミナあるんじゃないの?」

「ムーぅ……。けど……マーリン…………私の…………体力……事情を……考え無かった貴女にも……責任は……あるわよ…。」

それを聞いて、マーリンは苦笑いをした。


「ふう……」

私はベンチに倒れるように座り込む。

「平和ね………………ここは」

……マーリンはそれを聞いて、何やら真剣な顔をした。

「その平和を、君が守るんだ」

と、マーリン。


「想像出来ないわね。1000年前の景色なんて。どんな光景だったの?」


「チープな表現だが……地獄だったね。」

「……地獄。」

「そう、地獄。」

マーリンは続ける。


「……だから覚悟しておいてくれ。これは1000年前、この星に起こった天災の記録。貴女がこれから戦い封印すべき災い。『滅びの冬』の記憶。」


……マーリンが蓄音魔術の呪文を唱えた。


「さ、いってらっしゃい」

そうして私の意識が、魔術により記録の中に移される。

ぼんやりとした感覚の中、見えたのは一面の雪原だった。


記録の光景。


蓄音魔術とは、人の記憶を記録し再生する魔術のことだ。

だからあくまで再現するのは、その音と景色だけ。


けれど、私は寒さというのを感じた。

寒さで四肢は霜焼けする。

足は動かない。自分のものでないと思うくらいふくれた手。

危険だと、ここから逃げろと頭が警告音を鳴らす。


これが冬。

滅びの冬。

眼前に広がる光景は、地獄という表現の熱さえぬるく思えた。


何も無い、のだ。


一面の雪原。吹雪があり、雪崩があり、ただ破壊の音それだけがそこにある。


―そこに、ただひとり騎士の姿があった。

魔物達は騎士に迫るが、騎士は剣を振り下ろし、魔物の大群を全て蹴散らした。


大地の亀裂がその剣の力を証明している。

その剣こそ私が抜いた剣だと、気づくのには長い時間はかからなかった。


騎士は剣を鞘に収める。

……吹雪は更に強さを増し、先程の大地の亀裂はもう見えない。

あの騎士の存在の意味を否定する様に。

抵抗を、愚者の願いをぐしゃりと吹雪が踏み潰すように見えた。


騎士はただひとり、その雪原を行く。

まだ何千何億匹の魔物達を討伐しに向かったのだろう。

騎士は歩みを進める。

…その姿がとても悲しげに見えたのは間違いではないと思う。


これが滅びの冬の景色。


私の意識が、ハッと現実へと切り替わる。


「見えたかい?」

マーリンは聞く。私はうん、と頷く。

「これは、滅びの冬の景色の、ただの一欠片にしか過ぎない。」

「…………」


「…君の行く末は2つ。その剣に相応しい魔法少女に成長するのか、その剣の生贄になるか。」


…カリバーンには、魔力増幅の他にもう一つの力がある。

命を対価に滅びを封印するという力。

つまり、私が魔法少女として何も成長しなければ、待つのは…。


「その覚悟で、その剣は抜かなきゃならない。…赤子でも知ってるこの伝承を知らなかった…なんて言わせないよ。だから、後悔の言葉なんか、聞かないぜ。」


「うん。…分かってる。だけど、これでいいんだ、マーリン。」


そんなのは百も承知だった。それでも私はこの剣を抜いた。


自分を犠牲にして、誰かを助けること。

…その行く末が、結局誰も助けられないなんて、そんなバッドエンドだなんてのは、私には耐えられないくらいに悲しすぎる。


…肯定するために、私はその選択肢をまた選ぶ。

自分が犠牲になって、誰かがそれで幸せになること。


それでいい。

間違いだなんて言いたくない。

…私の、4年前のあの行動が、正しかったのか。

正しいと、私が胸を張るためにーーー



「…君は、この剣を抜いてしまった。君の行く末がどんな物なのか」

マーリンはそう悲しげに。

「春を望む愚者の運命がどんなものなのか。この目でしっかりと見届けさてせもらうとしよう。だから、よろしく。」

と、言い、手を差し出した。


「うん。こちらこそ…マーリン。」

だから、私はそう返し、その手を握る。


マーリンのその手は、私の経験したことの無い温かさだった。

その手は頼もしいようにも思えたが、どこか…どこか。


悲しげだったような。そんなような、気がした。

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