妖精の魔術師
気が付くと、朝だった。
思わずベッドの隣を見る。
そこにはいつもの書類の山があるだけで、あの魔術師は見当たらない。
「夢…かあ。」
……どうやら私は勇者になったらしい。それで世界を救っちゃうのか、このこのー。
なんて夢から来た妄想を辞め、いつも通りの日常を始める。
とは云っても。
別に特段やることも無い。とりあえずいつもの要に朝食の準備をすることにした。扉を開き、キッチンに向かう。
……引きこもって4年、料理は魔術研究の次に来る私の趣味だ。
毎日続けているお陰なのか、自分で言うのも何だが、腕前はかなりのレベルに達していると思う。例えば、卵を上手く焼く……というのは存外難しい。
ただ焼くだけでは黄身が崩れたり硬すぎたりする。
焼き加減の習得には多くの卵が犠牲になってしまったが、私はこの加減をマスターした。
もう私に敵など無し。フハハハ。
油を引いた、鉄の真っ黒なフライパンに割った卵を丁寧に入れ、焼けるのを待つ。
この時間は、平和な私の日常に欠かせないパーツのひとつ。ただぼおつと卵を焼く、という行動。この日常が今日も今日だって、同じテープを再生するように繰り返される、筈ー。
「へぇ……卵ってこんなに上手に焼けるものなんだねぇ」
………………だったが。
たったひと声で、平和な私の日常がドンガラガッチャンゴッキューゴーギャンと音を立て崩れた。
「……………………!!!!?」
「ははあ。また間抜けな顔してる。」
誰のせいだと思っているのか。何故か超愉快そうに私を見る彼女の顔がにやにやしているのがムーっと来る。
夢だけど、夢じゃなかった。
「むぅ…」
「はははは。まぁ最初は皆そんな感じだと思うから、安心したまえ少女!」
「そういう……そういう問題じゃないわよ。」
はははとマーリンは笑う。
…そのマーリンの姿は、剣に選ばれ魔法少女となった私の夢が、全くの現実であることを証明していた。
夢ではなく、現実。フィクションではなくノンフィクション。
未だこの一連の流れが信じられないのだが、現実であるのだから現実なのだと受け入れるしかないのだろう。
未だ信じられないのは確かであるが。
「まあ……いいや。」
私はとりあえず、摩訶不思議な客人のお陰でちょっぴり不完全な出来となった、黄身が崩れている卵焼きと共に椅子に座る。既に木のテーブルの上に用意しておいた、かわいらしいちいさなお皿にある、ハムが乗っているパンにそれを乗せた。
「うーん…えーっと…。あ。とりあえず、朝食を済ませてもいいよね?」
「勿論勿論。あ、私の分は結構だからね。」
「…もう食べたの?」
「いや、必要ないのさ。なんてったって私、2割くらい妖精だし。」
「よ、妖精?」
「そうそう。」
私はトーストを食べながら聞く。
妖精の魔術師、そして黄金の剣。
それが本当なら私はとんでもない状況にいる人間ということになるのだが、いまいち実感が湧かない。
いや、その事実に別に疑いの余地は無い。…簡単な魔力感知だけでそれは分かる。
その剣と魔術師は強大な力を有している。
現代の魔術では解明しようのない古代の魔術の力。
その剣に彫られている文字も、軽く1万年は前の物の筈。
その神秘の時代の魔術を見てみたいという想いに強く駆られる。
私はマーリンに質問した。
「古代の魔術。使えたりするの?ほら、例えば再生術とか。」
マーリンは一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、
「この時代の若者は魔術に殆ど興味が失われている、と聞いたんだけどねえ。いやあ嬉しい!うん、これで多少は威厳が保てるってとこかな。」
と言い、マーリンは嬉々として右手を鳴らした。
その直後、光と共に、私が今食べ終わった筈のトーストが目の前に現れた。私はそれを手に取る。
一見すると普通の構築魔術。
構築魔術は式が単純なので姿は似せられても、元素までは本物には迫らない。
私は探知魔術を使い、その魔術の異常性を発見する。
「構築魔術じゃ無い…構造が全く、さっきと一緒…!?」
その魔力、元素のカタチが全く同じ。
これは明らかに現代魔術では不可能、いや、そんなことはそもそも魔術では不可能とされている。
…パン一枚丸々再現しつくり直した。
ただこれだけ。このパン一枚で現代魔術の基本原則が、あっさりとひとつここでぶちこわれた。
…完全に色々無視している、オーパーツ魔術。いや、魔法か?
「どんな魔術式を組み立てたのよこれ…!?」
「別に難しいことはないよ。右腕をちょちょいとちょいで…」
「いや、そのちょちょいのちょいを教えて欲しいんですけど。」
「ちょちょいのちょいはちょちょいのちょい…だからなあ。というか、私が妖精2割なのも関係してる…と思う…から、私にも分からん。」
「ムーう!インチキじゃないのー!」
「はは、よく言われた。まあ、そのちょちょいのちょいの力は、その剣にもあるんだよ。」
「言い方あ!ちょちょいのちょいの力の剣…文字だけ見たらトンチキソードじゃないのよ。」
「…いや、名前的にちょちょいのちょいソードって、結構良くない?血生臭く無いし。」
か、感性の違い…!
ちょちょいのちょいの妖精かあ…。
…と。
くだらない話のキリがないのでとりあえず閑話休題。
「むーん……まぁ、実際に見てもらった方が早いと思う。」
話は、滅びの冬の話に移る。
「実際に見る、とは何を?」
「その災いの光景さ。ところで君、スプラッタ映画はイケる口かい?」
「まぁ、なんとか。」
「そうかい、そりゃ良かった。」
と、謎ににこり。
…さて。
今日の衝撃的な出来事を語るには、魔物の力について解説せねばならぬだろう。
――魔物。
最近増加傾向にある、魔術的不完全生命体と呼ばれる、いわば、『モンスター』。
魔物は、自分達以外の存在を理由無く敵視しており、無論。話が通じる相手というわけでもない。
その上魔物の力は、1匹で成人女性人間3人分の魔力を持つとされており、一般人が近づいてただですむ相手では無い。
国でさえ対処に手を焼いており、最近では自己防衛が基本。
故に、襲われても助けが来る可能性は低く、近年の外出自粛ムードもここから来る。
国による魔物討伐、賞金による魔物討伐キャンペーンなんてのもありはするのだが、この国の税金が高い訳だ。なんて、そういう意見がある位には効果が薄い。
勿論、人類にこれに対抗する力が無いという訳では無い。
例えば、私が抜いたカリバーンがまさにそれだ。
魔法の力を何倍にも増幅させ、大地に亀裂を残すほどの力を発揮する、滅びの冬に立ち向かうための継承の剣。
例えば、聖杖ロンゴミニアド。
時は500年前。
とある永き戦争に決着を付け、眠りについた『終わりの杖』。
最近資格がある者がそれを受け取ったらしく、
その人間は、私と同い年の17歳の少女だという。
どんな娘なのだろう。
そしてどんな想いで、その運命を受け入れたのだろう?なんて少し考えてみる。
これらの武器は、その力の強大さから、総じて聖具とも呼ばれる。
そしてそれを使う者が、魔法少女、なんて呼ばれる。
「さ、覚悟と薬箱を4秒で準備したまえ!」
「10分の1!?」