魔法少女の体温-②
「体温が……無い」
その白い手には体温がなかった。
「私は今、死体のようなモノなんだ。血は巡らない偽りの身体、お人形とも言っていい、死体に魂をねじ込んだ状態ってこと。肉体が死ねば、魂は身体から抜け落ちるってのが摂理だけど、それを今だけ無視してるんだよ。幾ばくか体温が恋しくなるよねえ、人間だったころのさ」
「人体錬成……?」
「ん――だいぶ違う。その聖剣――カリバーンは妖精が織った、魔法の剣。魔術以上の神秘である――魔法の能力が備わってる。対魔物……つまり、呪いね。それへの浄化能力、放出された魔力の増幅能力、飛び道具避けの結界設置。そして、あとひとつ。」
「……願いを実現させる力……」
マーリンの言葉を思い返す。
「…君の行く末は2つ。その剣に相応しい魔法少女に成長するのか……その剣の生贄になるか。」
「――名付けるならば、星への願い。聖剣の尤も深いところにある、神秘の力だよ」
ヘティは私に指を指した。
「ただしその対価は重い。例えば生命、例えば魂、なんなら星ひとつぶんくらいのエネルギーが必要なことだってあるだろう。願いの内容にもよるけど。――私の場合の対価は……生命ね。」
「――つまり、生命を対価にして願いを叶えて……ヘティが願ったのが、死なないこと。身体は生きてはいないが、死んではいない……だから体温が無い……ってことですか?」
「惜しい。私の願いの内容は、滅びの冬の完全消滅だ。……身体が死んでるってこと自体は、正解。まあもっと詳しく言うなら……身体が死んでいる状態であるが、魔術により身体を維持し……聖剣の力で無理矢理に魂をねじこんだ、ってことなんだけど……ゾンビとでも思ってくれて充分だ」
「…………ん?滅びの冬の消滅と、死んだヘティの魂が抜け落ちないことと、なんの関係が?」
「滅びの冬は、私の命ひとつで消滅させられるような呪いじゃーなかったってことだ。純粋に、エネルギー不足。けどそれじゃーあ願いは叶っていない。だからこそ私は生きてる」
「足りない分の願いは、自分で果たせと」
「そう、そんなとこ。聖剣は確かに願いを叶える力を備えている。しかしね、あくまで聖剣自体に願いを実現させるエネルギーだとか、魔力があるわけじゃあない。あくまで、エネルギーを変換する力、それこそ聖剣の力だ。私の命ひとつで私の願いの達成に一番近いのが、私が生き延びて自分で願いを叶えるってこと。侘しいねえ、人1人の命の熱量じゃ、この程度が限界ってことだ」
「そんなに強い呪いの力を、なんで滅びの冬は有しているんでしょう……」
「私もそれは気になるところだけれど、分かんないよね。そもそも呪いの成立には、必ず人間の悪意だとか、憎悪だとかが必要だ。滅びの冬が呪いである以上、それを発生させた人間がいるはず。たけれどあのレベルの大きな呪いの塊を産むほどの呪いだ、何千、どころか何万という人間の呪いの集合体であるのだろうが、それは塊であるんだから、皆同じ悪意、憎しみを何かに抱いていた。んだろうが、そんな憎しみを、何万何億という人間が同じものに感じている状況なんてのは……」
「…………戦争、とか?」
「さあね、けどそんなの知ったこっちゃないぜ。というかその線は無いぜ。だって今呪いがあるんだ。呪いは呪いをふっかけた対象が消滅したら、それで役割を果たしたんで、呪いは消滅する。だから呪いは、その目的を果たすために、魔物という形となって現れる。その何か誰かを、殺したり、消したりするために。滅びの冬は1万年ほど前に生まれた呪いだ、そんなに長く生きられる妖精も、人間もいないよ」
「じゃあ……何で滅びの冬は、現代まで残っているんです?」
「恐らく、滅びの冬はイレギュラー、なんだろう。……特殊な魔術の術式と組み合わせで呪いを持続させている、まあそれしか考えられないし」
「……どんだけ莫大な魔力を使うんでしょうね」
「さあ、けど滅びの冬に溜まっている魔力が消えれば、それと時を同じくして滅びの冬も消滅する!……多分」
……多分かあ、と、私は思った。