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アリス、あなたは魔法少女でいらっしゃいますか?  作者: 猫村有栖
魔法少女の罪と罰-アリスの学園生活?
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アリスの罪



アリス・アドラー。


彼女は都市リンの郊外で生まれた、ごく普通の少女だった。

魔法少女だとか、滅びの厄災などとは、全く無関係だった筈の少女だったのだ。楽しそうに笑い、ほかの子どもと同じく普通に学校に通う少女だった。


彼女は真っ直ぐに、エグリスの魔法でできた都市、リンですくすくと育っていった。


エグリスには、ある伝説があった。

それは正義の騎士が、円卓の騎士と共に滅びの冬という厄災を打ち砕くという、勧善懲悪のおとぎ話。

色彩豊かな冒険の絵、輝かしく美しい剣、そして正義の魔法少女の伝承。


これが本当なのか嘘なのか、幼き彼女には関係は無かった。

小さかった少女はただそれに憧れただけだ。


そしてその美しき正義の精神を忘れずに、彼女は15歳になった。

しかし、その美しさを知らぬ、そして理解できぬ人間は存在する。彼女はそれを身をもって知ることになる。



彼女が学校にいつものように通っていた時だった。

たまたま寝坊して、たまたま時間がなかったから、彼女は通学するのに近道を選んだ。


その道では学校である噂になっている路地裏を通らねばならなかった。数年前からアリスの学年で流行りはじめた、『ポストのある路地裏の幽霊』の噂では、そこでは幽霊が出るらしかった。その幽霊は血だらけで、いつも泣いているのだという。


勿論彼女もこれを怖がり、あまりその路地裏に近づくことはしなかった。しかしこの時ばかりは、遅刻して先生に怒られるよりは怖くないと自分に言い聞かせて、彼女は路地裏に入った。


……そこで、彼女は幽霊よりも恐ろしい、人間の醜き悪性を知ることとなる。



そこでは、暴力による集団のいじめが行われていた。


少女は「助けて」という一言すら発さず、ただうめき声をあげていた。他人の助けなど入らないことを理解していたのだ。


やつらは歪んだ笑顔で暴力を振るっている。

あまり人の名前を覚えないアリスでさえ、やつら全員の名前を知っていた。彼らは、みなから恐れられていた貴族の子どもたちであった。


少女を蹴っているのは、ペンフォード家の息子、カリバ・C・ペンフォード。

はたでからかっている少年は、グラス家のタリス・グラス。

その横にいるのは、ブラック家の令嬢、シェリー・ブラック。


殴られ、蹴られている彼女の名前はアイリン。彼女の学年の地味な子どもで、アリスが記憶する限りでは――いつも包帯を巻いていた。彼女を教室で見かける時、アリスはスポーツでもやっているのかな、と思って、その包帯を疑問には思わなかった。確かに虐待だとかいじめの可能性を考えた、しかしそんなことが、自分の周りに行われているとは思えなかったから、アイリンの怪我はアリスにとってはただの日常のひとつだったのだ。


アリスは、学校に遅れてしまうことも忘れ、彼女が抱いたのは強い恐怖と疑問であった。

あそこに入ってしまえばいじめられてしまう、という恐怖。そしてあの少年は、なぜ人を蹴っているのか。あんなに楽しそうな顔をして?という疑問だ。


彼女は少し考えたが、その疑問への正しい答えなど見つけることはできなかった。理解することができなかった。

そうして次第にその疑問は、激しい怒りと変化した。


彼女の中の正義の心が震えたのだ。このいじめを止めなくてはならないと、そう思ったのだ。

恐怖はいぜん彼女の心のうちにあった。しかし、ここで逃げてはならないという、恐怖がそれに打ち勝った。


あの伝説の騎士なら、きっといじめから助ける。そう心に思ったのもあるのかもしれない。


……そして助けた。

アリスは同い年の少年少女と比べ魔術のあつかいが上手かった。


まず、アリスは叫んでいじめっ子たちを追い払った。

その隙に、いじめられている少女の身体を強化の魔術がかかった体で抱えてアリスは走った。


彼らは追って()こなかった。「いじめっ子の貴族に勝ったんだ」と、アリスの正義の心は満たされた。

いじめられていたアイリンの顔が、いぜん恐怖の表情であったことも知らずに。



いじめっ子たちは、ひとりを除いてこれをうらみに思った。


まずアリスはこれの数週間後、暴行、の容疑で逮捕された。

アイリンへのいじめの冤罪の容疑をかけられたのだ。


アリスは勿論これを無実だと訴えたが、裁判で発言の影響が大きいのは、アリス、アイリンの言葉よりも、貴族である、ペンフォード家の言葉とグラス家、そしてブラック家の言葉の方であった。


アリスは無実の罪の前歴を負うこととなった。

少年院にはなんとか入らずにことは済んだ。しかし、刑務所だとか、そういったところに入らずとも、アリスの心はとっくに折れてしまっていた。


その後何週間か、アイリンへのいじめは無かった。

しかしそれは嵐の前の静けさに過ぎなかった。



運命の日、12月24日。



アリスは通学の途中だった。

この日もまた、少し寝坊していて時間が無かった。

ゆえにその近道の路地裏に入ろうとしたとき、彼女はまたその路地裏で、アイリンがいじめられている現場を見つけた。


今度は前回の比ではない。前回と違うのは、いじめの凶悪さといじめっ子たちの人数。アイリンという人間の尊厳など、無視したほどの暴力、そして破壊であった。



そしてアイリンは助けて、と叫んでいた。



……………………アリスは、これを無視した。



逃げたのだ。


もう学校に遅刻してしまう、やつらに構う暇なんてない。

そんなのは、言い訳。




そしてアイリンは自殺した。


遺書には、

「私が死ねばいじめの真犯人が発覚して、アリスを楽にしてあげられる。」

と、書かれていた。



しかしそれが発覚するのは、残酷にもアリスが引きこもって2ヶ月ほどあとのことである。



自分が、いじめから逃げた()()

自分の正義の心に嘘をついてしまった()()

それがアリスを苦しめた。



待っていたのは、アイリンの代わりとしての、いじめられっ子としての生活。


ペンフォード家の息子、カリバからは、正義ゴッコなんてするからだと笑われた。

グラス家の息子タリスからは、偽善者が粋がるからだ、身の程を知らぬからだと脅された。


彼女にはもはや、正義の心へ焚べるべき、怒りのエネルギーはもう失われてしまっていた。



そしてアリスは、病院のベッドの上で目覚めた。

彼女はアレルギーである海老をいじめっ子たちに口に入れられ、瀕死になりかけていた。



彼女は泣いた、白のベッドの上で、激しく、そして哀れに。



そして彼女は引きこもった。

自分の家で、自分を守るために。


絵本の中の正義など、下らない嘘だ。私は馬鹿だった、愚かだった、傲慢だったと、自己を否定し苦しんだ。

彼女はもはや死んでいた。



其れでも、彼女は変化した。


なぜ、彼女が剣を取ったのかは分からない。

しかしアリスの心には、ほんの僅かに、やはり後悔があったのだ。


()()()()()

――聖剣の魔法少女として。彼女はそうして道を選んだのだった。

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