道は開けず、されど幕は開け-②
「そういえば、あの少女……は、どこへ行ったんです?」
時計塔でモルガンと名乗るに殺されかけていた、あの謎の少女。
とりあえず体調だとかが心配だ。そもそも追われているストレスだとかで気がまいってはいないんだろうか。
「彼女はもう寝たよ。今何時だと思ってる?もう夜の一二時だぜ。小学生ならおうおねんねの時間だよ」
私は窓の外に目をやった。空は既に真っ暗で、高く登る、山より大きな月が深夜の刻を表している。
「体調はどうでした?何か……ストレスとかは」
「恐らくは大丈夫だろうね、……何かあったら、守ってくれるんですよね、お姉さん♡だから体調、整えて下さい……だってさ。これ伝言。」
「はは……強かだなあ……」
「だね、彼女は強い子だよ。ただその分……弱みの見せ方を知らないんだよね、強い子ってのは……」
「弱み?」
「…………他人の弱みってのは、案外受けいることができるもの。だけれど強い人間は、大人子供関係なく弱みの見せ方ってやつを知らないやつが多いんだよ。だって強いから、他人に頼らずたったひとりで物事を済ませてしまうことが多い。けれど、例えば他人と協力しなければならない時には?心が折れてしまった時は?……その時、他人への頼り方を知らないと、そいつは悲惨なことになる。」
「あー……私も、人への頼り方知らないタイプかも……」
「でしょ?そんな気がしたもん君はさ。私も、そうだからさ。人間ひとりの強さなんてのはたかが知れてる、だから友達とか、家族だとかの群れを作る訳なんだし。」
そうだから。彼女その言葉には、彼女の本音、彼女の寂しさだとかが含まれていた。
「だからこそ、尤も強い人間ってのは、繋がりを持つ人間のことだ。だってそいつの力の大きさってのは、繋がっている人間分の力を有していると同義なのだから。私は少なくともそうだろうと思うよ。アリスも……頼れる誰かを作りなよ。」
「じゃあ……貴女の隣には、そんな誰かは居たんですか?」
「いなかった。私の失敗の教訓なんだよね、これ。私はそんな当たり前のことも知らなかったんだよ。君には、そういう悲劇は必要ないだろう。私から学びなよ?」
彼女は、そう言う。
「失敗…………もしかして、痴漢……」
「な訳あるかい。」
「やりかねなさそうでしたし。」
「君、なんかさやっぱり、聖剣抜いてから強かになってない?」
彼女にも、失敗することなんてあるのだろうか。正直……私は信じられなかった。だってこんなにも堂々としていて、そう、失敗すら成功のもとにかき消してしまいそうな人間。背がしゃんとしていて、失敗の2文字なんて辞書に記されていなそうなこんな人間が。
「……所詮虚勢だよ、こんな姿は。しゃんとしているように私が見えているのなら、私は安心といった所かな。……本当の私は不器用で、君と接する時にさえ、どこか、演技している。私は、怖いんだろうかね、そう。多分。」
……そう聞けば、彼女はそう言った。
「じゃあ、親しくなるために、秘密を言い合いませんか?」
「秘密?」
私は彼女に似ているような気がする。
虚勢、私には耳が痛い単語だったのだ。
だってそう、
私は今だって、
時計塔の屋上でだって、
あの紅い森でだって、
そして、あの聖剣を抜いた時だって。
そう、私の覚悟なんてものは。そう、彼女と同じだった。
「だから、そう。……その……なんと言うか。」
「仲良くなりたいってこと?」
「…………そうです。色々なことは抜きにして、聖剣とか滅びの冬とか、モルガンだとか、そんな面倒ことのために付き合うんじゃなくて………そうですよ!何か文句ありますかつ!」
……ちょっと、恥ずかしい。こんな、自分から……
「かわいい!撫で撫でしてあげ……」
「あ、それは無しで」
私はそれをきっぱりと断る。
保険の教科書に載ってる演劇みたくきっぱりと。
「しょぼん」
「そんな漫画みたいな擬音を付けないで下さい」
……彼女は笑った。
「ありがとう、私も、アリスと仲良くなりたい。……あるよ、一つ。伝説級の私の秘密。」
「伝説級の?……困りました、私、伝説に匹敵する秘密なんて持ち合わせてないです」
「違う違う、伝説……っても、負の伝説。私の大しくじりの話だよ」
伝説級、私はその言葉にちょっと緊張した。
彼女は手を振って、微妙に硬くなった空気を和らげようとした。
「そ、そんな、身構えなくていいから。酷い恥ずかしい話だし。……ねえ、私のヘティ……って名前。あだ名でしょ?……本名を教えなかったのはさ……ちょっとアレな秘密が……あってさ」
「……………………?」
アレなひみつ?私は首を傾げた。
彼女はそう、緊張気味に喋る。こんな彼女の姿は、初めて見た。
ーさて、ここであの騎士の話をしよう。
あの伝説の騎士にも勿論名前がある。
この国じゃ知らない人は、絵本を読んだことがないか、もしくはその伝説が生まれる前に生まれた人間くらいのものだろう。それくらいに有名な――伝説の騎士の名。
その騎士の名は――。
「ペンドラゴン。――アーサー・ペンドラゴン。私の名前――秘密だから、ね?」
彼女は、そう名乗った。