道は開けず、されど幕は開け-①
「お目覚めかな。そして久しぶり、魔法少女ちゃん」
彼女…………ヘティはこちらの来訪を静かに待っていた。
廃図書館の一室、そこは彼女の部屋として改造されてあった。そのボロの本棚には小説から漫画雑誌まで置いてあり、背が高めの机の上には化粧台、エンピツ、謎のメモ、魔術道具らしき宝石なんかが散乱して置いてある。半開きの赤茶色のクローゼットからは、何か黄色いシーツらしきものが見えている。
「ブティックで会ってから1日ぶり……くらいですよね?せいぜい」
「そうなの?……ああ、長く生きてると時間の感覚が狂うんで、こまる」
彼女は足、そして腕を伸ばしながら言う。
モダンというかレトロ?な椅子がそこにあった。図書館の椅子を 取ってきたものなのだろうか。彼女と向かい合わせにして座る。
「…………ヘティ……その……」
「何が起こったのか把握してない顔だねえ」
ヘティはこちらを見据えて言う。
「…まあ、なんで貴女がここで待ってたのか…分かんないんだけど」
「貴女が魔力切らしてブッ倒れてた後の話。仕方ないからここに運びこんだんだ、貴女ご飯食べてる?身体が軽すぎるよ、筋肉が付いてないしょーこよ」
「……少食な方とはよく言われるけど…………………………………」
「ね、だと身長も伸びないぞ」
「食っても……伸びないしい……どうせ…………」
「ムーってしないの、魔力の質にも関わってくる話でしょ。……………………いや、やっぱりアリスは身長伸ばさない方がやっぱりかわいいな……なら食べない方が……」
「は?何言ってるんです?キッショ」
「ごめん」
「……まさか、あの少女にも…あっ!私を運んでる時にまさか……!」
体を確かめる私にヘティは慌てて返事をする。
「してないしてない未遂未……」
「するな」
「……はい、ごめんなさい」
顔に思っていることが出やすいたちなのだろうか、ヘティがしょんぼりとしたことが分かった。
なんとなくこの人に敬語を使っていたけど、敬える人じゃないような気がしてきたのは私の気のせいなのだろうか?
ヘティは姿勢を正して、おほんと喉を鳴らして仕切り直す。
「で、私が聞きたいのはさ、貴女が誰とあの時計塔で戦っていたのかってこと、あの微妙な魔力の歪みはなんなのか、そしてあの謎の幼女はなんなのかってことだ」
「…まず…………」
彼女にパッと説明する。マーリンのこと、探知で感じた歪みは呪いに関係することであったこと、モルガン・ル・フェという名、そして謎のナマイキ少女のこと――
それを聞いたヘティは何か、思うところがあるようなそぶりを見せた。
「……ふん、謎が謎を呼ぶ……ね。」
「それでヘティは何か知ってるんですか?あの女、モルガンについて……。モルガンは確かに悪い魔女だって伝説はあるけど……世界の滅びに繋がるような……そんな行いをしているなんて聞いたことがないし……そもそも生きていた、なんて……。何か知っているのなら教えてほしいです……身体を奪われた、彼女の為にも……」
私には情報が致命的に足りない。
何故彼女が襲われたのか、自称モルガンの目的はなんなのか。
……滅びの冬に、もう直ぐにやってきてしまうその災いに、関係しないとは全く思えなかった。
「いや、私があの場所にいた理由、それは街で偶然、アリスの慌て走る姿を見かけたからだよ。特別な理由じゃない。実際そんなことが起っているなんて、私にや知りもしなかったことだよ」
「そう……ですか……」
「ただ私にも関係のない話じゃあなさそうだ。」
髪を手で上げて、彼女は右の方の目を大きく開いた。
その目はどこまでも紅く、それだけで、全てを見通す魔法使い――なんて印象を受ける。
「これ、予知が見えなくなった。」
「予知……?」
予知の魔法。……いや魔術?それとも魔眼なのだろうか。
「……私の予知は、生まれつきに備わった魔法の縛りによるものらしい。簡単に表現するんなら、要するに魔眼さ。だけど普通の魔眼のそれじゃない。この目自体に魔力が宿っているんだ、そこに神秘による構造がある、魂の宿る器がある」
「……凄い。その目が聖具みたいなものじゃないですか」
聖具とは魔力を宿す。人間が魔力を宿し、そして蓄積させるように。それと全く同じことができるのが、基本的な聖具の基準。
その原因は複雑な構造によるものだとされる。例えば人間の身体は、自身ですら分からない程複雑な構造で出来上がっている。肉体、次に魂の器、魔法の回路、この3つが奇跡的に絡み合っているために魔法を蓄えることができるのだ。しかしあくまで重要なのは、その構造自体にある。
神秘による構造、それ自体が尤も、魔力を宿す為に不可欠。魔力はそこに宿る。
例えば人間というのが脳みそ一つで成立しないように、例えば剣が刀身のみで成り立たぬようなもの。
構造、それにこそ神秘が宿るのだ。
「……で、まあ、らしいんだけど。見えないんだよね、何故だか。あの時見えていた炎の街景色すら見えない。いつだって何かしら見えていたのに、唐突に見えなくなった。正直情け無い話だけど、原因は私にも分からない。けれど間違いなく…………世界の均衡が変わるほどの、何かが起きようとしている。」
「滅びの冬のことじゃ……なくて?」
「違う。…………いやあまあそれもある、かも知れないけど…………しかしね、何かあるよ。とにかくきな臭い。……一部勘もあるけど」
「一部勘ですかあ……」
「…………………………しかし、何かあるのは確実だよ。」
窓の外を彼女は見る。
――その瞳は……どこを見ているのだろう。