理想の行方-③
私が何故あの時、あんな風に戦えたのかは分からない。
図書館の椅子に座り考える。
あんな無様を……あの森では晒してしまったのに。
あの時との違いは、一体なんだろう。
彼女の身体が乗っ取られて、正義感からの闘志が恐怖に打ち勝ったのだろうか?
それとも、マーリンという伝説の魔術師という、逃げ道に逃げられなかったから?
まだそれは、私には分からない。
其れとも、戦いを。人との戦争を、自覚したから?
……休憩を終えて、椅子から立ち上がる。
そろそろぼおとしていた頭がはっきりとしてきた。
私はここに運ばれた、あの人の手によって。
私はその人を探しているのだ。
階段を上がる。
そうしてようやく、彼女を見つけた。
彼女はベッドの上に座り、こちらに気がつくと……にこりと。笑った。
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女の結界の効果は、空間を曲げることによる全自動回避。
空間に干渉する魔術を利用したもの。
戦闘においては強力ではあるが、それでもそこには弱点がある。
「ひとつ、ここではまともな魔法と魔術を使えなくなること。だから適応する呪いを溶かした弾丸による攻撃のみ、貴女は使用している。可笑しいと思ったわ、ここまで何の魔術も使われている気配が無かった」
「…………そこまで気づくか」
「だから貴女の武器はほぼひとつ、その自動式拳銃。それを潰して仕舞えば、弾を消費させて仕舞えば、貴女にほぼ打つ手は無くなる。弾は再装填させない。私が、逃がさないから」
「……………………」
一瞬の沈黙。
間がそこにあった。
「ふむ、逃がさない、か」
「………………?」
「そうさな、成る程学んだぞ。逃げる道が、私にある。ということを。久々の戦い。頭に血が昇っていて盲点だった」
「………………………………?」
「反省しよう。しかし時に誇りなど、捨てねばならぬということよな」
「な…………!」
バラバラという、崩れて朽る音。
奴が指を鳴らした刹那、空間の重みが変わったことを感じた。
「舌を噛み切りそうだよ。しかしね私には、誇りを目的に焚べてもやらねばならんことがある」
時計塔の屋上、風も、空気も。
「お前の勝ちだ。今、お前を、あの忌々しい少女も、確実に殺すことはできない、殺しきるよ。お前に敬意を込めて、のちにいつか」
「逃げる。まさか……!?」
女は大きく後ずさる。
剣を叩き込む隙もなく、いっさいの発生の隙もなしに。
銀髪が靡き、そこからのぞく碧眼は。
ひどく……彼女には似合っていないように見えた。
それだけのことなんだけれど。
こんなことを思ってしまったのは何故だろう。
「だから逃げる。最後に私の心に残された僅かな誇りから、名前くらいは教えてやる。私の冠する名はモルガン・ル・フェイ。」
「モルガン…………!?」
モルガン、伝説の魔女の名。
かつて聖剣の騎士と対となる存在として語られた、悪の道を歩むもの。純真の心に嫉妬し、そして騎士の、最大の障壁となった存在。
「だけどそれなら……」
しかし、奇妙だ。何かが。
「貴女の目的………それは一体……」
何故あの少女を殺そうとしたのか、何故ここまで手間をかけてマーリンを徹底的に無力化したのか。その呪いはどこから来たものなのか。
そして、何故ここで逃げるのか。
それは目的のため、何か巨大なる目的のため。
「………………過去への決着だ。それだけのことよ」
「あ………………!」
そして女……ルフェイは時計塔から飛び降りた。
「……………………」
もう姿は見えなかった。
少女は…………
「…………………………」
こちらの様子を扉の内から伺っていた。
「……もう……大丈夫よ…………多分」
少女に語りかける。が。
「……何を…………言ってるのか……分からりませんよ……ばかあ……」
少女は泣きじゃくっている。
ルフェイも名乗っているのに、そう言えばこの少女だけに名前を聞いていないなあ、という考えが唐突に頭をよぎった。
名前はなんだろう。想像もできないけど。
…………疲れて頭がぼおつとしていたからかな。これも。
守り切れた、今度はヒロインらしく、格好をつけられた。
馬鹿みたいにただ魔力ぶっぱじゃなく、きちんと。
それは良かったことだ、誇らしい気持ちだ。
だが、其れとは別。
マーリンを失ったということ、それを残酷にも実感できた。
身体を乗っ取られた。
妖精は殺せない、単純に皆が殺す手段を知らないから。
しかし殺せないのなら、殺さず魂を捕らえてしまえばいい。
恐らく先のはそういうことだ。
数時間前までは太陽のようにはっきりとしていたその気配は、まるで冷たいものとなってしまった。
魔女の気配に変わった。あの冷たいルフェイの気配に。
思いもしなかった。
あの暖かさを、こんなにもあっけなく。
「マーリン………………」
地図を、コンパス、羅針盤を全てなくした。
私の進むべき道を示す者は、私の目の前から消えた。
どうすればいいか。
道が、はっきりと見えていた道が、霧に包まれた気分だ。
………霧の道を進むことは無謀に等しい。
しかし終わりは迫っている。終わりは止まらない、保留はできない。
もう始まっている、それは。選択から逃げることもできない。
「……だったら、逆にはっきりしてる。逃げることはできないから……そうよね……マーリン」
私は進むしかない。
そのはず、そのはずなのだ。
だって間違ってしまったから、逃げることで間違ったから。
進むことは、だから、正しい道の、筈――
どうすればいいかそんなのは決まってる。
間違っているかもしれない?いいやそれこそ正しい道。
私はやらなきゃならない。
ひとりで、ひとりで。
これが贖罪なのだ。
迷うことは罪だ。
赦しを得るために、正しい道を進まなきゃならない。
過去という鎖を断ち切るために、私は魔法の少女となった。
「い……こう……か…………少女……」
私は少女に近づいて喋ったらしい。
「……お姉さん、おかし――」
意識が途切れそうになる。耳もろくに機能していない。
疲れかストレスか、意識を現実に固定しようとしても引き戻される。
「………………お…………ね……さん………………」
とりあえず、自分の頬をつねる。
「い……!……何す……で……か!?」
………………え?
まだ耳がはっきりとしない。
もう一回つねる、こんどは思いきり。
「………………!?…………!」
あれ…………痛みを感じないと思ったら急になかなかの痛みが左の頬を襲ったおかしいな右のほおをつねったはずなのに。
いや、うん?
そしてべチイと、強烈なビンタが飛んできた。
「あイタタ……」
「何やってるんですかーあ!なんで私の頬をつねるんです!ニキビになったらどうするんです!?」
「え?え?」
……なんとか意識がはっきりとしてきた。
そして私がつねっていたのは少女の頬だった。
「は?」
「こっちの台詞ですよ!?」
自分でも意味が不明な行動に戸惑った。
とりあえず少女の頬をむにむにする。
「ちょ……お姉さん…………!?」
は?なんで?
ぶっちゃけ私はこの時ある意味関心した。
過労でこんな症状がでるのかと思ったのだ。
まるで自分の身体ではないみたいな、そんな気分で。
テレビゲームのリモコンを握っているような感覚になっている。
自分の身体を意識の外から制御する……ような……
いやリモコン壊れてるよね。
制御できてないよね。
あ…………もうだめ……ほ……
「お、お姉さーぁーん!!!」
と、ここで意識が途切れた。
またか……………結局こうなるのか………………と無念を抱きながら。
かくことなし