理想の行方-②
図書館を散策して、
さっき突然に、頬の血が止まらないことに気づいた。
テッシューで何度拭いても止まらない。
流れる血はごくわずがであるが、気が滅入る事実であるのには違いない。
鼻血は出血した場所が鼻腔の奥であるから、血を止めるには自然に治癒するのを待つしかない。そんなイメージ、もどかしさを抱いた。
つ、つ、と静かに垂れる。
これだけの魔術、聖剣の加護がなければどうなっていたか考えるだけでも恐ろしい。
ここは図書館だ、廃墟ではあるらしいが。
絆創膏なんて置いているはずもないだろう。
仕方なく手洗いの鏡から離れて、散策を再開する。
まず、ここに私がいる理由から整理しようか。
###
時計塔の屋上で、風は穏やかであったが、肌が焼けるように思えるほどに冷たかった。
「来い」
の一言、女の一言で戦いの幕が上がった。
……女の武器は銃。
魔力増大の力の他に、聖剣には加護の力を有している。
聖剣の持ち主に与えられる、飛び道具をある程度は回避することができる力。
伝承ではこの力は、まさに無敵の力であったという。
ただし万能でないこと、それを女は良く分かっている。
明らかに不利であるはずの戦いに、女が受けて立った理由。
柄と、足に力をこめる。
「は……っ!」
地面を抉るように蹴る。
硬い地面を支えに前のめりにして走る。距離を、女との距離を縮める。
「速い、しかし……」
一瞬で距離を詰めた、しかし女は剣撃を避ける。
またもう一度剣撃を繰り出すも、また当たらない。
パン、と爆薬の音、熱い弾頭が右の頬を掠めた。反射的に目を見開く。3、4歩分の距離をおいた。流石に詰め方が迂闊過ぎた。
殺す気でいかねば殺される。
「つ…………!」
しかし距離を離せば今度は少女が狙われる。
また急いで距離を詰めるしかない、女の目的はあくまで少女。
ちらりとドアの方向を向く、少女は未だそこに立っていた。
「な…………早く、逃げて、少女…………!」
「結界から逃げられると思うか?」
そうか、結界。盲点だった。
「こ………………このドアが、開きません!」
と、少女の声。
伝説の魔術師マーリンの身体を乗っ取るくらいの、この抜け目ない女を……弾丸避けの加護という甘えから無意識のうちに舐めていた。逃走防止の結界なんて、当たり前に張られているに決まっている。
この女を…………
「弾丸避け。単純かつ強力な加護だ。弾道すら曲げるとは。しかし」
また銃の音、一旦距離を離したおかげで当たりはしないが、
「しかし、やはり曲げるだけ。距離さえ縮めて仕舞えばいい。」
「……貴女が、詰められると思うわけ?この距離を。……さっきみたいな迂闊はもうしないわよ。弾丸を避けるなら、1、2歩あれば充分。……その間に、貴女を斬る。」
「いいや違うね、詰めるのはお前だ、お前の方だよ」
女は狙いを私から少女に移した。私は応じて距離を詰める。
そこに容赦は無い。そして冷徹に、引き金は引かれるだろう。
そう、私が距離を縮めることを躊躇えば。それこそ躊躇いなく、少女に対し引き金は引かれるだろう。
「ぐ…………!」
また一度剣を振る、しかし当たらない。
剣の軌道は女に掠りもしない。それは相手に余裕を与えただけであった。また銃声。今度は足に食らった。
「痛……っ……!」
「距離はもう離させない。強力な呪いが溶けた弾頭だ、数時間は出血が止まらんよ」
「こ……のぉ……!」
また剣を振る、出鱈目でも攻撃しなければ。
この女を殺す。私が殺す。
私は今更決意をした、この女を殺す、殺さねば殺される。
単純、しかし痛みが人間の動物としての、生物としての本能を呼び起こす。
殺せ、と。
余裕は無い。殺した後のことなど、私にはもう考えられなかった。
「………………死…になさい……………!」
叫ぶ。勿論剣は当たらない。
数歩分女は下がった。
結界の効果だろうか、一向に当たる気配がない。
しかし、しかし結界の効果ならば、弱点はある。
「…………………………」
「しかしね、あと三発。そうでしょう、本質的な条件は同じよ。貴女と私で、何も違わない……!」
見れば、拳銃の薬室は六発入る構造のものだ。ならば。
「三発……充分過ぎるよ、お前を殺すには」
「いいや違うわ。結界による自動回避。単純で強力よね、簡単に空間を曲げることができる。しかし。しかしね。あと三発撃てば、使えば仕舞いよ?そして三発使ってしまうのは、貴女の方」
「は……生意気な……!」
「どうかしらね」
……2歩3歩の距離、縮めれば弾を食らうし、離せば実質的な敗北に成りうる。だけれど、武器が無ければそれも関係は無い。
睨み合いが続く。
逃げてはならない。
逃げては仕舞いだ。
逃げず、自分の意思のみで。
「私が、行くわ。魔女……!」
そうして鐘は鳴り響いた。
やっとまともなタイトルが思いついた、ほめてほしい