或る妖精の魔術師の詩
………………………また、夢。
私は、剣を手にしてから夢を良く見るような気がする。
しかもその内容は、
何故……自分でも分かるのか分からない……けれど。
……それは決して、まどろみの中にいる私から来た夢ではなく、この剣が見せている夢だという、そんな、奇妙な確信が心から湧いてくる。
今度はこんな夢。どこかは分からない。
そのだだ広い草原で、騎士の彼女は魔物を倒していた。
その小さな背と比べると、かるく二倍は背丈が大きい魔物……多分、オーク種だろう……を。
目を……疑うような光景であるが、それが、何の抵抗もできずに塵に返っていた。
彼女が剣を抜いてから時が経ったのか、彼女は……戦いに慣れている、戦士の顔をしていた。
彼女の青い目は、これから自分が断つ魔物を見定め。
そのちいさな身体は、自分がすべきこと、人を魔物から護るためにと、背がぴんと張られていた。
魔物を殺し呪いを断つ。
その彼女の金の髪は、セピア色の風に揺られていた。
あるいは、そんな風に私から見えただけなのかも知れないのだが。
相変わらずその剣、カリバーンは彼女の手に握られている。
「……ふう……これで今日はオシマイ……かなあ。」
「いいや……まだ感じる。まだいる」
返事を聞いて、分かりやすくぶすりとした顔を彼女はする。
「…………何匹」
「正確に言うなら答えは出せないが、30匹程度。」
彼女の口の端が更に下がる。
「……30匹くらいいるのお?……もー!!最近ますます呪いの出現件数が上がってなあいー!?」
「文句なんて言うだけ無駄……では?」
彼女は誰が見ても明らかにむすりとしている。
「……だって……私、ひとりしかいないんだよ?」
「当たり前では」
「いやうん。……ええ?分からないか……そう言うのじゃない。」
「どういうことだ?」
「……だからね、私だって倒しきれる魔物の数にや限りがあるってことよ?」
「ああ……人間の言葉は難しい。」
まるで自身が人間でないような言い草。
「……そういえばさ。妖精の国って、言葉とか、そんな文化とかは無かったの?」
「そう。私達は人間の魔法、魔術、それら全ての潜在意識の集合体に肉付けがされた、ものの到達点、それが妖精。言葉なんてものは、我々には必要は無かった。2000年前までは。
……あの、大戦争が起きるまでは。」
「2000年……前。想像すらできないなあ」
「貴女は生きていない。だからそう、それは当たり前。気を落とすな。」
その、謎で、しかも不器用なフォローに、彼女は笑う。
「……ふふ」
「な、何故笑う。」
「私、落ち込んでないよ。……君も勉強が必要だねえ」
「そ、そうなのか?人間は無知であることを自覚すると落ち込むものでは……」
「そんなことは無い。だって人間は、もとより何も知らないんだから」
「……もっと意味が分からない。ああ、貴女がそういう言葉使いで、その言葉の裏に意図があることは妖精の私にも分かる。学んだからな。だが、その意味が私には分からない。」
妖精……の彼女は、表情を変えずに話す。
「……人間は、学ぶ生き物。……生まれた時は、赤子は、この世に生誕したばかりの人間は……そう。何も知らない。ステーキに胡椒をかけると美味いってこと、コーヒーは眠気覚ましに使えること、排泄は便器で済ませることができるということ。」
「当たり前のこと…だろう?人間にとっては。」
「そう。だけれど、生まれたばかりの赤子はそれを知らない。そう、どんな当たり前のことでも、この世のことをなんにも知らない。だからこそ、人は学ぶ。自分の無知を恥じてる赤子なんかいやしないだろ?少年少女、青春、大人と移り変わろうと、それは変わらない」
「……だから、こそ。」
「そう、答えは単純さ。だからこそ、人は、無知を恥はしない。」
「……けど、それなら。」
「ん?」
「ヒトは、どうして……学ぶのだ?」
妖精は初めて疑問の表情を浮かべた。
「……ね、意地が悪い質問かもしれないけど……赤子が持って生まれてくるもの、なんだ。」
「わ、分からない……」
「生まれたばかりの人間は、ただ意思だけを、それだけを持って生まれてくる。てのが答え。学ぶ意思を、赤子は持っている」
「意…思………………」
「………意思がなければ、人間はそこらのからくりの人形となんら、ひとつだって違いやしない。人は無知だ。さっきの通り、知らないことが山ほど……いや、この青い空よりも広いくらいにある。私が、この空の下に生まれてきた理由なんて、そんな哲学的なことなんてさ、哲学者でもない私には分かりはしないけど。」
彼女は上を見る。
人間にはあまりに広く、そして青いその空を見上げる。
「私にはね、……人間には意思がある。私は私の足で、ここに立っている。それは私が決めたこと、私は私の、私だけの道を歩く。どうするのか、それは、人間ならば自分で決める、そういうものさ。」
「……」
「だからねマーリン、妖精の魔術師。私の前に知らないことが現れても、私はにこりと笑うんだ。そう、恥じるのではなく、そして無知を嫌悪するのでなく、自分がいまだ知らないことを、それを知れたのだと。その満足感でね」
マーリン。
そう呼ばれた彼女は少し複雑な顔をしている。
「……私も……いつか……分かるのだろうか。」
「分かるさ。意思があれば、分かろうとする意思があるんなら、きっといつか、ね。……魔物退治。そろそろ行くよ、マーリン。」
彼女はマーリンが示した方向へ歩いていく。
「…………そうか。そういうもの……か。」
マーリンもまた、歩き出した。
まるで子供のような、そんな顔をしていた。
彼女は。
それは剣の記憶の中で見たマーリンの顔で、一番に満たされていた表情だったと思う。
―そう思わせる、初めての笑顔だった。
某ピンク魔法少女の映画が楽しみです