魔法、そして魔法の少女-④
「ひゃ……!」
そう、少女の声がするほんの一瞬前、私はその弾丸を弾いた。
「ぐ……うっ……!」
「…………ふむう、弾くか」
弾頭は地面に、黒い塵となって消えた。
「呪いがたあっぷり、肉体を掠めば精神が簡単に容易にお亡くなり。シルクならば擦り切れ、鉄ならば錆びる。そのくらいに呪詛を込めておいたこの弾丸。それが……なんの代償も無く、ただの一振りで弾かれた……」
「あんた…………何者つ………………!」
短めの銀の髪の女は、こちらに一歩一歩と向かって来る。
チキチキと、僅かな金属が擦れる音。
「それに……呪い……!?呪いだって……」
「こちらの台詞だ。魔法の少女、だが未熟さが伺える。正直すぎる立ち振る舞いよな」
葉巻を加えながら片手にリボルバーを持つ女は歩みを止めた。
……またもう一発、火薬が爆発する音。
パン。と重く、金属の鈍く軽い音。
それをまた弾く。
「は……はあ……は…………………………」
「あの聖剣の加護か、成る程、通りで当たらん訳だよ」
「…………逃げて少女、今すぐに、私じゃ守り……いや、ドアに駆けて……!」
「な……あなた、戦えるんです……!?」
「……ある程度は、けど本当に早く……猶予は無い。逃げて。」
しかし少女は竦んでいる。
「………………………………………つ…」
ならば少女に、あの鉄のドアに、数歩進む勇気を与えるしか道は開けない。
「ほう…………少女の、前に立った」
「…………………………………………」
「あんまり私を舐めるなよ、弾が当たらんでもお前くらいを殺すことはできる」
女は葉巻を吸い終えたのか、そこらにぺっ、と吐き出した。
口からは煙が出ている。
「……殺……す」
「そうだ、私は殺す。お前が私の道の障害となるのならば、私はお前の命を終わらせる、躊躇なく、そしてためらいなく」
「なんッ……で……」
「その娘に逃げられると私が困るのさ。さっきのあの私の対応も充分慈悲深いぜ。あれなら痛みも感じない、どころか死ぬことすら気づかない」
女はまた、新たな葉巻をいつの間にかくわえていた。
マッチでタバコに火を付け、言う。
「……言っておく、これはお前が選べ。あと一歩でもこちらに踏み込むならば殺す。もし、そこから前に踏み出すのならば、私はお前の勇気ある選択を尊重しよう。是非誉れにしたまえ、その選択を。だがその心とは別のところ、瞬間私はお前を殺さなくてはならなくなる。お気の毒だがね、選択しろ、緑の角の魔法少女」
「………………………………う、う……」
「早く、さあ早く未熟者!保留はナシだ。時間は流れるぞ無情にも。ここから後ろへ鹿のように逃げるのはいい。それは人間として生物として当然の選択だ。私はその選択こそ心から讃えてやろう!下らん自己犠牲で命を、自分を失うことはなんて下らない!ここから逃げるのは卑怯者ではない、そして愚者ではないのだ……」
女は拳銃を構える。
「だが私は選択、そう、それ自体から逃げることだけは許さない。勘違いしてくれるなよ?選択の権利がお前にあるのでない。お前には、選択する絶対的義務があるのだ!選択の意思を放棄すること、それはお前が自分という人間的存在を、自分を、他人へと放棄することと同義であり、そいつは意思を、人間としての義務を放棄した、死体となんら変わりはない!さあ早く、さあ早く選びたまえ魔法の少女!お前の如何なる選択も、私はお前という人間のひとつの選択として、受け取ってやろう!鹿か!?死体か!?其れとも、愚者か……!」
……私は。
「私は…………アリス・アドラー……17さい。」
「………………………………」
「私は、ついこの間まで引きこもってた……死んでたわ。ええ、そんなの死体よ。だって、自分であることから、考えることから逃げていたんだもの」
「………………………………」
「……今から4年前よ。私が13歳だった時。私は逃げた。それこそ鹿のように。私は或ることから逃げた。私がやるべき或ることから逃げたのよ。私は、そこから、自分が、社会に有ることをやめた。」
「……………………そうか。」
「そして今。私はここにいる。ここにある。だからこそ、死体で、鹿であった私は…………選ぶ。」
女は……拳銃のハンマーを下ろした。
キチキチと言う音。私を殺すための音。
「……私は、人間よ。…………私は鹿でも、死体でもない。意思を持ったひとりの人間よ。……私は逃げない。選択からも、お前からも……だからこそ。だからこそよ、見知らぬ魔女さん。私は愚者でいい。愚かでいい。でも……!」
「お姉……さん………」
「私は人間よ……!人間であって、私は意思を持って、貴女の方へ一歩進む……!」
ふり返らない、私は、振り返っては……また。
「…………だから、こそ。だからこそか魔法の少女……!未熟者か……」
そうして、私は一歩、前に足を。
「お前の道を、お前が行く道を。来い、鋼たる意思を持って。そして、私は、お前を殺すことでその道を否定する。来い……魔法の、少女…」
私の宣戦布告。
後ろを一瞬だけ、ほんのひとときだけ、振り返ってみると。
ーそれを聞いた少女の、ひどく歪んだ顔が見えたような気がした。
とーびーこんてぬーどお!(CV小西)