理想郷はそして遠く
***
その剣は、私の胸を貫いていた。
剣が勢いよく引き抜かれた瞬間、胸から血が噴き出す。
またもう一撃が来る。
「……………………ッ」
何者か。
「は……あっ……!」
私は二撃目を杖で振り払った。
私の血で染まった剣を持つ、仮面を被った剣の使い手……?は、少し引き下がった。
敵はそれでも剣を構え直し、再びこちらに向かってくる。
通り魔?
強盗?
いや、そんな考えは馬鹿げている。
剣の動き、立ち姿、それは明らかに人の終わらせ方を知っている人間のやり方。
その太刀筋に躊躇いはなく、
その立ち回りに恐れはなく、
その目には殺すべきものの姿のみが写っている。
獣の目、殺しを知っている、狩人の目。
「――我が理想へと至る道……」
「させるか、化け物。」
詠唱を唱える私に、剣を振りかざす、女。
それをまた私は杖で受ける。
その剣には、じりじりと力が込められていた。
ただ、殺すために剣を振るっている。
「……へえ、女だったんだ。」
「悪いか?」
仮面の女はそう返答する。
「いや?さっきから一言も喋らないもんだから、そう思っただけさ。」
「……貴様。いまから殺されるというのに、随分と危機感が欠落しているように見える。」
「あー、怖い怖い!………………これで満足う?まどもあぜる?」
「化け物め」
剣がまた動き出す。
今度は横、それをまた杖で止める。
「あいにく、死にたくても死ねない身でね。」
「知っている。だから殺す。化け物、貴様は必ず殺す。」
狩人の目はただ、私を見つめている。
「どう殺すの?私ですら、私の殺し方なんて知らないぜ」
「ふ………………」
……ただひとつ、人間でない、私が本来感じる筈のない、いやな予感がしたことは確か。
私は死なない。
簡単に言えば。
死ぬことがないのだ、不老不死に近い。
ゆえに、恐怖は感じない、そう私はできている。
また女は距離を取る。
「――土は土に、灰は灰に、塵は塵に。」
女は詠唱を唱える。
しかし私は、恐怖を感じている。
「ねえ、お話しない?」
「悪を殺し、断ち、そうして我らを肯定せよ。」
「ダメか、話が通じない。」
まあ、話なんて通じるわけがない。
「正義を肯定せよ、我が正義を肯定せよ。」
女は走り出す。不細工なその剣を片手に。
私は当然それから逃げる。
階段を駆ける。
駆け上がった先で、屋上に出た。
肩の震えは、風のせいか、恐怖のせいか。
「我が使えるは神では無い。我が使えるのは人では無い。
ただ我が正義に使える。我が道は正義に照らされる。」
そこで女は止まった。
「……正義中毒者なの?貴女。」
「悪を殲滅せよ。否定せよ。我が魂を正義で肯定せよ。」
歪だった。
狂気以外の何者でも無し。
「生かせ、生かせ、生かせ、正義を生かし、悪を殺せ」
「殺して……どうするの」
「勝たねばならぬ。有る。力はそのために。」
私は杖を構える。
その目は、悲しいほどに、哀しいほどに真っ直ぐだった。
「――正義は勝つ。」
そうして、詠唱は完了した。
私は向かって来る敵を迎え撃つ。
女は暗い顔。
「行くぞ妖精。逝ってしまえ、理想郷にでも」
格段に速度が上がっている一閃、私は返せなかった。
また胸を貫かれる私。
「……なんて、不細工なカオ。ほんとひどいカオ」
「死ね愚者、魂を殺してやる、不正義を正義で裁く、捌くのは一人でいい、私が正義だ、人道の使いだ」
「そうか……成る程、いやだねえ」
その言葉の意味を。理解してしまった。
しかし遅すぎた、一手遅れた。
「――……我が理想へと……至る……道……」
血だらけの私の身体を、女はドン、石造りの床に倒す。
「足掻きは醜い、糞虫、せめて綺麗に死ねないのか。」
だが、せめて一矢、その醜い顔に撃ち込んでやろうか。
「――………道、辿るべき……理想郷……!」
「愚者め糞虫め塵め貴様め」
私の魔法は、戻す魔法。
物質を戻す。
カセットテープの映像巻き戻すように、ただ戻す。
「は…………………………」
挑発に、にたり、と笑うくらいしか出来なかった。
まあこいつなら、卵子か精子くらいに巻き戻るんじゃないんだろうか。
いや、ヒトなんて巻きもどしたことはないし、どうなるのか興味はあるなあ、なんて思う。
リアル、「ママンの腹ん中からやり直しな」。
めめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめ。
めめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめ。
そう抵抗する彼女の面の、なんと不細工なことか。
意識の途切れるまぎわ。
自分の性格の悪さを疑うけど、そう思わずにはいられなかった。
極み、夜テンション↑↑↑