或る詩の序奏
例えばいきなり、陰謀だとか邪悪だとかが渦巻く、まるでフィクションのようなマフィアの殺し合いに巻き込まれてしまった、不幸でごく普通に平穏を享受していた少女がいたとしよう。
例えばマフィアの秘密を少女が知ってしまって、それで少女がそれに追われる身となってしまったとする。
少女の当たり前の日常はそれでぶちこわし、確かに少女の周りの環境は変化する。
しかし少女は、依然としてただの少女のまま。
少女がそこで変化しなければ、その大きく黒い渦に飲まれ、光すら届かない海底の底に忘れさられてしまう運命は避けられないことだろう。
ー少女は、適応という変化を遂げなければならないことになる。
もしかしたらその少女は、たまたまそこらの路地裏に入り込んで、そのマフィアの殺し合いにーーその運命の渦に、理不尽に巻き込まれてしまっただけなのかもしれない。
しかし極論的には、それは少女の運が悪かっただけに過ぎないのだ。その路地裏を歩くことを選んでしまったのは少女であって、そのマフィアにはそんな事情など関係はないだろう。
ー変化というのはいつも突然に、されど必ず自分からやってくる。
――吸い込まれそうな夜空だった。
雲はひとつも無くて、空気は乾燥している。
凍えるような大気に触れる肌は、しかし赤く緊張していた。
今ではもう使い慣れた、自分の剣を構え直す。
「――――――、――――。――――。」
「――、―。―――。」
彼女との会話で覚悟する、ここは戦場。
殺して、殺されなければならない場所なのだと。
あのーーーから、魔物の群れが押し寄せる。
奴らには私が牛肉か豚肉か何かに見えるらしい。
肉になるのはそちらの方だ。
ただし、肉片だけれど。
「――――――――。」
剣を振るう。
ものの刹那、ただの一振り。
魔物の群れは一瞬で溶けてしまった。
「――――――――。」
「――――――、――――――――。」
斬っては走り、斬っては走る。
時間に猶予は最早無し。
「――――――――!?」
「――――――、――――!」
崩れかけたこの建物の隙間から、あの女の姿が見えた。
「――――――――!」
そう、やらねばならない、必ず。
ーーの、地に足をつける。
「――――――。」
「――――――。」
女はそこで待っていた。
ー色の髪が揺れている、そこから覗くーの目は私をじろりと見つめている。
動揺せず、恐怖もなく、そこで女は待っていた。
私は構える。剣を右手に、左手で支えて。
――これは、私が、ただのほんの少し前に始めたばかりの物語。
そして、この物語を終わらせる者も私。
はじまりは私で、おわりも私。
因果は巡る。
何度も何度も、物語を繰り返す。
人の意思がある限り、意志がそこにある限り。
変化とは、いつも自分から起こるものだ。
他人からやってくるものではない。
現状の、平穏の維持を望むも。
海の波のように気まぐれな運命の変化を望むも。
全ては自分の意思。
春を願う。
ああ、それはきっと――。
たとえここが理想郷であろうと、この世界に存在するならば、いつか冬はいずれやって来る。
全ての植物は枯れ、
全ての水はその流れを止め、
全ての生命は活動を停止する。
誰も彼も例外無く。
それは世界の終末装置。
滅びの冬。
何かを理由も無く。
ただ理不尽に。
何かをただただ、滅ぼすだけの冬。
大戦争は呪いを生み。
根源に至る者は、その悪意に呑まれた。
その春を望む愚者は皆、天の旅人となった。
大衆を守護せんとする王の骸は丘を作った。
その愚者達は、いつしか魔法少女と呼ばれる存在になった。
ー春はまた、やって来る。
これは私が、魔法の少女から、魔法使いへと至るまでの話ー。