外伝-スーのブルーアーカイブ(気分が)
私、ミカ・フラットは、生まれて初めて地獄を見た。
あのマーリンと名乗る魔術師に治療を施してもらい、この家の少女が自室でまだ寝ていることを私は知り、とりあえず看病をしに行くことにした。魔力切れの症状しか出ていない為、体調は時が経てば回復するだろうが、カリバーンに選ばれた魔法少女の部屋がどんなものかも気になるのもあったし。
私は、魔法彼女であるはずの部屋のドアを開けた。
「……………………!!!?」
私は絶句した。
ジャングル?いや、ジャングルの木々草花もここまで無秩序じゃないだろう。
ここは地獄だ。
居るだけで正気値が下がるような気がする。
言葉として形容し難い悪臭が漂い、完全に固定され締め切ったカーテンは日光を全く入れない。住み人はドラキュラか何かかと思った。
ここにあの少女が住んでいるのか。到底信じられない。
そもそもここに住めるのか。その事実自体が驚愕に値した。
「う………………なんだ…………この…………部屋。」
き、汚いのだ。
唯一比較的綺麗なのはパソコンと魔術書だけ。
そこからこの住民の性格がなんとなく読み取れるようだった。
こ、こんなのが、魔法少女の部屋だなんて信じられない。
……もう見てられない!
とりあえず、掃除をしてやろう。
まず、大量のゴミを片付ける。
アタシはとりあえず、確実に不要に分類できるものをゴミ袋に詰めた。
大量のテッシュとその箱、菓子の袋にカップ麺の空。空缶空瓶……は別にする。
「ふう………………」
そうすると、とりあえずは地面が見えるくらいにはなった。
「よっこらせ。」
ゴミ袋5個分のゴミ達ががぱんぱんに詰まった袋を焼却炉で燃やし、次に大量の埃を掃除する。
完全な不用品だけでゴミ袋5袋が詰まったこともだが、埃の地層が積み重なっていたのには全く驚きしかない。
完全自立型魔力式掃除機で埃たちを吸い取り、なんとか人間の部屋だと認識できるくらいにはできた。
少女のベッドも酷いものだった。
何年洗われていないのだろう?
このシーツと枕も、救いようが無さそうな程汚らしいかった。
とりあえず、新品を買ってこようかと検討していると、リビングで寛いでいたマーリンがやって来た。
「物音がすると思ったら……この部屋の掃除をしてくれてるのかい?」
「まあね。そうだ、悪いけど手伝ってくれない?ここにあの子を寝かせるのはちょっと気が引けるし……」
「彼女は気にしないと思うけど?まあ、確かに汚な過ぎるな…よおし、じゃあ、私も手伝っちゃうぞ。」
「じゃ、シーツと枕を買ってきてくれない?流石に限度を超えてる汚さだから。」
「ああ、じゃあいい魔法があるんだけど……」
「ん?どんなさ。」
「そのシーツ、貸してくれ。」
私はシーツをマーリンに差し出した。
マーリンは呪文を唱える。
すると……みるみるシーツから汚れが落ちていくそして数十秒。
なんとシーツが新品同様の清潔さになっているではありませんか!
「す、凄い……!こんな魔術…初めて見た!」
「ふふん。ま、私はあのマーリンさんだからね。これくらい、出来て当然ってわけなのさ。」
「へー……じゃあ枕も頼むよ。」
「よろしい。」
と、また呪文を唱えるマーリン。
そうして枕も汚れが落ちるだけでなく、どころか彼女は枕を新品かと間違えるくらいにふかふかにしてしまった。
洗濯の魔術とかなのだろうか?世界は広い……。
マーリン。
伝承の剣カリバーンについて来る魔術師。
その魔術師は、強大な魔術を使用できるらしい。
こんな所で、このどこかおちゃらけた魔術師があのマーリンであると認識させられるとは思わなかった。
……あの美しい黄金剣。
そしてこの魔術師。
滅びの冬の伝承の、『王の物語』。
だからつまり、この少女は、本当に選ばれし……あの……
「じゃあマーリンさん、その凄い魔術って、あの黄ばんだ本棚とかも綺麗に出来たりするの?」
「勿論勿論!褒められるのは気分がいいなあ!」
……伝説の魔術師、なんかチョロそうな人だなあ。
なんて考えはしまっておこう。
……そうして、この部屋の掃除は完了した。
最後に、綺麗になったベッドの上に、あの子を乗せて、タスクが終わってスッキリきりきり。
ふと外を見て見れば、沈みかけている太陽が夜が近いと告げていた。
「ふィー……疲れたあ。」
「お疲れ様。」
と、マーリン。
まあ、ホントに疲れた。
少し休ませてもらうとしよう。
と、マーリンに聞きたいことがあったんだった。
リビングでマーリンは新聞を読んでいて、暇そうなので声をかけてみる。
「そう言えば、あの伝承ってホントなのね。王の物語の伝承。」
「そうだよ〜。」
と、マーリンは新聞を下ろして、私の方を見る。
「君にとっちゃあ不幸なニュースかも知れないけどね。私がいるってことは、滅びの冬の伝承も、本当ってことだからね。」
「……あ。」
そうか、滅びの冬。
確か、伝承じゃあそれが近い時に厄災に対抗する為、魔術師マーリンとあの黄金剣が現れるんだったか。
滅びの冬。
と、アタシに言われてもなあ、という感じだが。
「滅びの冬って、何なの?」
「ま、超巨大な災害と思ってもらってもいいかな。」
「災害。」
「そう、災害。しかも、それは意志を持っている上、それに対抗し得る力を持つ人間が非常にこの世に少ないのがたちが悪い。まあその内容は、現代で殆ど一般に流通している伝承の通りさ。当事者のマーリンさん的には、もっと残酷だったと言いたいがね。」
「ふーん……」
「だから、ミカ・フラット。君には力を貸して欲しい。」
「え?」
「彼女の魔法少女としての力はまだ弱い。完全にカリバーンの力をまだ使いこなせていないのは、今彼女がブッ倒れてることから分かると思う。彼女には、きっと戦友が必要だからね。彼女を、助けてやって欲しいんだ。」
「例えば?」
「彼女の面倒見てやるとか…色々だね。大変だろうが、その分報酬は弾むよ。」
うわあうさんくさい。
「ふーん。…ま、金次第かね。流石にタダで。ってのはネ。」
と、一応返す。
「成る程。じゃあ勿論、言い値で報酬は払おう。」
…ほう。
「じゃあ…30。」
「え?それだけでいいの?」
…ふーむ、マーリンは中々太っ腹らしい。
「じゃあ…40。」
「はは。まだまだいいよ?遠慮無くどうぞ。信頼関係を築くためなんだ。遠慮なんていらない。」
「じゃ…100!」
ちょっと冗談も込めて言ってみる。
100万グレー。
私の平均月収の10倍程度の金額だ。
「OK!じゃ、100億グレーってことでよろしく。」
私は、聞き間違えかと思った。
「100億、グレー?」
「ん?そうだが。」
「え?本気?桁違くないですか?」
「ああ、足りなかった?」
「いや違う違う!どっからそんな大量の資金が…!」
「ああ、安心したまえ。ギリギリ犯罪は犯してない。」
どさりと私の前に札束が置かれた。
これだけで私の平均月収くらいはありそうだ。
「ぞ、贈与税とか…」
「安心して。そこらへんもうまくやってあげる。」
あ、悪魔の囁きかと思った。
こんな上手い話が本当にあるのかと思った…
「な、なんで私…に?」
「君には素質を感じたのさ。アリスを護って、いい友人になってくれる、その明るい性格と戦闘能力。
もし話を受け入れてくれるのなら、これ以上助かることはないね。」
おおう、詐欺の典型みたいな理由だ。
だが、この魔術師が嘘をついてはいないことくらいは分かる。
あの怪我を一瞬で治す力は紛れもなくあの伝承の魔術師のものだ。
そしてこの、森を裂いた剣。
それが一番の証拠だろう。
子供の頃からいい聞かされてきた、魔法少女の伝説。
そして、滅びの冬ー
…ごくりと札束を見据える私。
私の返事は勿論…
「わ、分かった。うん、やってやろうじゃない!」
と、まんまと乗せられた気もしなくもないが、こう返した。
…まあ、資金の犯罪じゃないらしいし?問題は無いでしょう。と自分にいい聞かせる。
「そうかい!ありがとうミカ・フラット!じゃあさっそく明日、エグリス短期戦闘魔術訓練学校の入学試験を受けて貰いたいんだが。」
「お、おお。」
「ヨシヨシヨシ!いい子よミカ!今日はホントに運がいいなあ!改めてよろしくねミカ・フラット!」
ぐ、ぐいぐい来るなあ、伝説の魔術師。
というか今気づいたのだがなんかこの人、余裕が無い?
「……つまり、そこに、あの子が入る訳だね……というかマーリン。というか、なんでそんなに余裕が無いんです?」
「……6ヶ月……」
「え?」
「もう、6ヶ月切ってるからね……滅びの冬、復活まで。」
ろ、六ヶ月。
これもまた驚きだが、実感が湧かないせいか、私は意外と落ち着いていた。
だが、こんな大金を払ってまで私を仲間にしようとした理由も分かった。
世界の終わりまで、6ヶ月――
なーんて、いきなり言われても、別に何も感じないんだなあと思った。
「えー?そんなに時間無いんだ。」
「そうそう……剣の選定に時間が掛かってさ……」
マーリンは頭を机にのせて項垂れた。
うーん、なんかこのひと、苦労人な気配も感じる。
「ま!他にもアタシにできることがあんなら、頼ってくれよ。」
「はは、ありがとう。」
と、マーリン。
不思議な気配だ。
今まで出会ったことがないと思う。こういうタイプの人間は。
「そう言えばミカ・フラット。君のあの気配遮断はどこで身につけたんだい?あのレベルの気配隠しはは中々見ない。いい師匠でもいたのかな。」
「まあ、ね。アタシの親父さ。数年前に死んだけどね」
「ふーん……お母さんは?」
「母……はね、私が生まれた後すぐ、事故でね。」
「……親戚はいないのかい?」
「いや、それが何故か3年前に失踪したんだよね。」
「だからあんな危険な討伐依頼を……すまない。」
「いや、いいから。」
うん。
そう言えば、親父が死んだのは4年前の…確か、今頃だったような気がする。
親父は、アタシを一生懸命に育ててくれた。
今になって分かる。
親父の手料理の味。
親父の家の掃除する時の掃除機の音。
親父の、私に話しかけてくれた時の、
いつもの優しいあの顔は、
もうこの世に無い。
……そう言えば、親父はこんなことを言っていた。
母の墓参りに行った時のこと。
親父と私は、母の墓の前に立っていた。
親父が母に花を添えた後……親父は、なぜか泣いていた。
「スー。
……お母さんの人生に……意味が無かったなんて、そんなこと、そんなことは……絶対に思っちゃ……いけないよ。
だから、スーは…生きなさい。何が…あっても…。」
父の声は、途切れ途切れで、私はその、父の真剣さを受け取った。
親父の人生はこの数ヶ月後に幕を閉じる。
その死因は、飲酒運転の爺いの列車事故に巻き込まれたせいらしいが。
その言葉で、親父は何を伝えたかったんだろう。
アタシは、親父の人生を肯定してあげたい。
この世で一番父を一番良く知っているから。
だから…私がまだ死ぬ訳にはいかない。
私は、親父の人生を、生き続けることで、肯定しなきゃならない。
私が、あの少女に力を貸そうと決めたもう一つの理由。
滅びの冬。
全てを無に返す、その厄災に私は抵抗したい。
だからこの先私はきっと、後悔だけはしない。
どんなことが待ち受けていても、
悔いなんて感じないんだろうと、そう思えた。
とりあえず、一章完結です。
いつも読んでくださりありがとうございます。
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